Voral nell Cielo
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 私とシャーロット・クラッカーという人の関係を表すなら、まぁ幼馴染みという言葉が正しいだろう。

 父がビッグ・マム海賊団のクルー……といっても戦う方ではなく作る方のクルーなのだが、とにかくあのとんでもなく強いビッグマムの配下にいるため、父の娘である私も産まれた時からその恩恵を授かって生きてきた。
 ……具体的には特に浮かばないけれど、多分何か優遇されているんだろう。多分。知らないけど。
 とかく、船の上に連れ出され泣いた日々のことに目を瞑れば、私はとても快適な環境の中で生きてこられた。
 その利点の内の一つが、人脈だ。

 私が五歳の頃だったろうか。父の紹介で、ビッグマムの子供たちと遊ぶ機会があった。
 当時はシャーロット家の遊び相手として私が抜擢されたと聞いていたが、後から年上の人たちに聞いた話では理由は全く逆で、どうやら寂しくないようにと配慮されたのは私の方だったらしいのだが。全ては幼いながらも機転が利くシャーロット家の長男次男三男四男様のお心遣いだったらしい。い、いい人〜! 私はこの時、この人たちの下で働こうと決意した。上司にしたいトップフォーが埋まった瞬間である。
 閑話休題。

 まぁ、そんなわけで、私はビッグマムの子供たちの中でも割と上の世代の方達、特に私と同い年であるカスタード様、エンゼル様、クラッカー様と仲良くさせて頂いていたのである。

 今思えば不敬極まりないことは山ほどしたが、カスタード様もエンゼル様も咎めることなどなく、寧ろ一緒になって遊んでくれた記憶の方が強い。同い年なのにまるでお姉ちゃんのようだなと私は思っていたし、お二人にも妹のようだとよく言われていた。多分身長のせいだと思う。お二人より私は圧倒的に小さい。しかしそれを差し引いても、本当に可愛がっていただいていたし、今でも親友のように思っている。

 さて、一方で。
 クラッカー様はというと。

 …………まぁ、仲は良かった、と思う。
 カスタード様とエンゼル様がクラッカー様をからかい、クラッカー様が反論して、流石に自分の立場というものを多少理解しており一緒にからかうわけにもいかなかった私がクラッカー様のフォローにまわりと、そういった場面が多かった。
 私は少々……いや、かなりやんちゃながきんちょだったので、カスタード様やエンゼル様のように可愛らしく女の子らしいことだけに走ることは出来ず、時々馬鹿なことをする男の子の遊びも興味があった。けれど、年が違うと混ぜてもらえないこともある。そういった時は、クラッカー様と遊んだりしていた。……うん。仲は良かった。確かに、良かったんだろう。


「マーマママ! そうかい、クラッカー。お前はアイツがそんなに好きかい」

 ──ある日。嵐の後の、とても静かな夜だった。
 眠れずに甲板でぼんやりしていた私は、壁の意味なんてないほど響き渡るリンリン様の声に興味を惹かれ、耳を傾けた。
 えっ、クラッカー好きな人いるの? いいね〜今度こっそり聞き出そうかな〜。
 なぁんて、かなり軽い気持ちで聞いていたことを覚えている。

「……な、なんでそうなるんだ、ママ!」
「何でも何も、お前の話は殆どアイツのことだ。好きなんだろ?」
「ちがっ……!」
 
 おうおうおう。明らかに焦ってますねぇ。これは好き確定ですねぇ。
 ニヤニヤしながら話の行方を窺った。リンリン様の大きな声につられて、クラッカーも声が大きくなっている。こんなに大きな声で話されたら、聞くなという方が無理がある。これは盗み聞きなんかではなく仕方ないことだ、なんて正当化しながら耳を済ませ、「だがな、」と続けられたリンリン様の言葉に。
 ぴしりと、固まった。

「アイツは駄目だ。──なまえと結婚しても、おれ達に利点はねェからな」


 ……。
 …………。
 はい……? 

 ゾワワワ! 声を、耳にして。意味を、理解して。その瞬間、足の先から体の奥までの全てが凍りつく感覚がした。
 え? お二人の言うアイツって…………いやそうなるよね、そういう文脈だよね?
 私が浅い呼吸で息を潜めていたのは果たして何秒だったか。心臓がバクバク煩く鳴るのがお二人の元まで届いてしまうのではといういらん心配もした。
 
 ──なんて答える気なんだ、クラッカーは……。
 この時やっとリンリン様以外の一人を思い出して、手に汗握りながら聞き慣れた声がするのを待った。これもきっと、数秒のことだったと思う。

「……勘違いだ、ママ」
「あー?」
「おれは、なまえのことなんか好きでもねェし……結ばれたいだなんて、思ったことも、ねェ」

 で、ですよね〜〜!!!

 よく言いました!! やけに神妙な空気が続いたせいで情緒が狂った私はその場でガッツポーズした。そうだよねぇ、クラッカーが私のこと好きなわけないもんねぇ。
 何かリンリン様が大事風に言うからクラッカーも本気トーンで返したんだろう。そう思うことにした。

 ……しかし、この後リンリン様の部屋から出たクラッカーがしゃがみこんで神妙に息を吐く姿を見て、私は静かにダッシュして父の部屋へと駆け込んだ。
 突然現れた娘にきょとりとする父。父を前に断固として譲らない姿勢を作り、運良く手にしていた配属先希望票を突き出す私。
 この瞬間、私の進路は決まったのだ。

「父さん、私ハクリキタウンのドーナツ職人になります」

 十五歳の時だった。
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