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「……それで。お前はいつまでおれを隠れ蓑にする気だ」
「はい?」
──ドーナツ職人になると決めハクリキタウンに乗り込んでから、早数年。
私の持てる時間の殆どを注ぎ、そこそこの地位のパティシエになりつつある昨今。
いつものように厨房で一人居残りこねこねしていると、たまたま通りかかって久々だからと雑談を始めたカタクリ様がそのようなことを言い出した。
なんのことだ? というか時々試作品を摘まむのをやめてくれ? 思いはすれど言えるわけもなく無心で粉を混ぜる。
「カタクリ様を利用しているような言い方ですが……私は今別にチーフに追われている仕事はありませんよ?」
「仕事をサボった事がねェのは知っている」
「恐縮です」
「興味が無いものに、よく打ち込んでる方だ。逆に言えば打ち込み過ぎてると言ってもいい」
カタクリ様は私が作り並べたドーナツの数々を眺め、手に取り、最後に私を見た。
どういう意味ですか、と言えるほどカタクリ様を侮ってはいない。私が父とは違い、お菓子に惚れてこの職に就いたわけではないことはわかっているのだろう。そして、志望していたわけではないからこそ、好きな事以上に全力で努力したことも。
──流石にドーナツ職人を目指したきっかけまでは知らないと思いたいが。
居たたまれなさで目を合わせたくない。だから、手元の作業に集中しているフリをした。
けれど、そんな私の機微に気付かないカタクリ様ではなかった。
「──あの日、ママとクラッカーが話した内容は船にいた全員が耳にしている」
かしゃん。
ミキサーが、手から滑り落ちる。
「…………不可抗力でしたよね、あれ」
「そうだな。聞くなという方が無理だ」
頭を抱える。それはあの日、私自身も思った言い訳だ。
取り繕う選択肢を考えてみても、誤魔化しの利く人ではないことはよく知っている。何せ私が物心つく前からの知り合いで、この数年の間は上司のような立場の人だった。それでなくとも、カタクリ様は色々なことに気付ける人なのだから。
……というか、ミキサーをボウルに落とした時点で致命的か。
はぁ、と一つ息を吐く。ならば仕方ないと、持っていたボウルを冷蔵庫にしまい壁に寄りかかっているカタクリ様に近付くと、深く頭を下げた。
「お疲れ様です。今日の業務は終了したのでお先に失礼させて頂きます」
言うなり部屋から飛び出した。今から行けば最終便に間に合うだろ、と弾き出した順路を辿ってハクリキタウンから抜け出すと、向かったのは父の元。
まぁ何も言わなくてもよかったのだが、父に何か影響があっても困るから報告はしようと思ったのだ。仕事着のまま現れた娘に驚いた父はちょうどペロスペロー様と新しいキャンディの話をしていたらしく、めっちゃちょうどいいなと私は喜んだ。
「なまえ、どうしたんだ急に!」
「こんばんは父さん。実は報告があるんだけど、私辞表出して店構えようかと思うんだ」
「は!?」
「あ?」
驚きに驚きを重ねて呼吸が止まっている父。そして父の横で顔をしかめるペロスペロー様。「そういう話をおれの前でするんじゃねぇ……」と言われたがいやいや何言っているんだ、ペロスペロー様がいるから言っているんだ。私はこの方が何だかんだ世話焼きなのを知っている。
「前から計画はしてたんだけどね。貯金と経歴を積み上げてからと思って」
「いや……いやいやいや、それにしても急過ぎないかい? 辞めるにしても準備がいるだろう」
「や、いらないです。もう上司の承認さえ貰えればオッケーなほど準備してるんで。上司からの承認は意地でも取るんで」
「いや……え、えええ?」
よしよし、父さんが混乱している。良い調子だ。
ちらり。ペロスペロー様を見上げれば、何ともめんどくさそうな顔で私を見下ろしていた。ニコリと笑いかける。
そう、私の言う上司はカタクリ様だ。
そしてカタクリ様を丸め込むのに、重要となるのは二人。
「たく、お前はまた急に……そう簡単におれ達が許すわけねェだろ」
「駄目ですか」
「ああ駄目だ。だいたいお前を囲ってるのは……、……」
「ペロスペロー様?」
「………………」
え、何ですか? 首を傾げる。
何か言葉を詰まらせたペロスペロー様が無言で私を見つめ、そして数秒の後、大きく大きく息を吐いた。
「いや、もう、いい。寧ろ構えろ、店。その方が楽でいい」
「ええ? なんですか意味深な」
「良いから好きにしろ。カタクリにはおれから言っておいてやる」
さっさと行けと、疲れながらペロスペロー様が手を払う。何だか違和感があるが、一人立ち出来るんならそれでいいか、と私も無理矢理納得した。
──そう、この時ちゃんと重く受け止めていればよかったなと、思わなくないんだが。
まさか小さな頃の淡い記憶が相手にまだ根付いているなんて。
思うわけが、ないだろう。
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「はい?」
──ドーナツ職人になると決めハクリキタウンに乗り込んでから、早数年。
私の持てる時間の殆どを注ぎ、そこそこの地位のパティシエになりつつある昨今。
いつものように厨房で一人居残りこねこねしていると、たまたま通りかかって久々だからと雑談を始めたカタクリ様がそのようなことを言い出した。
なんのことだ? というか時々試作品を摘まむのをやめてくれ? 思いはすれど言えるわけもなく無心で粉を混ぜる。
「カタクリ様を利用しているような言い方ですが……私は今別にチーフに追われている仕事はありませんよ?」
「仕事をサボった事がねェのは知っている」
「恐縮です」
「興味が無いものに、よく打ち込んでる方だ。逆に言えば打ち込み過ぎてると言ってもいい」
カタクリ様は私が作り並べたドーナツの数々を眺め、手に取り、最後に私を見た。
どういう意味ですか、と言えるほどカタクリ様を侮ってはいない。私が父とは違い、お菓子に惚れてこの職に就いたわけではないことはわかっているのだろう。そして、志望していたわけではないからこそ、好きな事以上に全力で努力したことも。
──流石にドーナツ職人を目指したきっかけまでは知らないと思いたいが。
居たたまれなさで目を合わせたくない。だから、手元の作業に集中しているフリをした。
けれど、そんな私の機微に気付かないカタクリ様ではなかった。
「──あの日、ママとクラッカーが話した内容は船にいた全員が耳にしている」
かしゃん。
ミキサーが、手から滑り落ちる。
「…………不可抗力でしたよね、あれ」
「そうだな。聞くなという方が無理だ」
頭を抱える。それはあの日、私自身も思った言い訳だ。
取り繕う選択肢を考えてみても、誤魔化しの利く人ではないことはよく知っている。何せ私が物心つく前からの知り合いで、この数年の間は上司のような立場の人だった。それでなくとも、カタクリ様は色々なことに気付ける人なのだから。
……というか、ミキサーをボウルに落とした時点で致命的か。
はぁ、と一つ息を吐く。ならば仕方ないと、持っていたボウルを冷蔵庫にしまい壁に寄りかかっているカタクリ様に近付くと、深く頭を下げた。
「お疲れ様です。今日の業務は終了したのでお先に失礼させて頂きます」
言うなり部屋から飛び出した。今から行けば最終便に間に合うだろ、と弾き出した順路を辿ってハクリキタウンから抜け出すと、向かったのは父の元。
まぁ何も言わなくてもよかったのだが、父に何か影響があっても困るから報告はしようと思ったのだ。仕事着のまま現れた娘に驚いた父はちょうどペロスペロー様と新しいキャンディの話をしていたらしく、めっちゃちょうどいいなと私は喜んだ。
「なまえ、どうしたんだ急に!」
「こんばんは父さん。実は報告があるんだけど、私辞表出して店構えようかと思うんだ」
「は!?」
「あ?」
驚きに驚きを重ねて呼吸が止まっている父。そして父の横で顔をしかめるペロスペロー様。「そういう話をおれの前でするんじゃねぇ……」と言われたがいやいや何言っているんだ、ペロスペロー様がいるから言っているんだ。私はこの方が何だかんだ世話焼きなのを知っている。
「前から計画はしてたんだけどね。貯金と経歴を積み上げてからと思って」
「いや……いやいやいや、それにしても急過ぎないかい? 辞めるにしても準備がいるだろう」
「や、いらないです。もう上司の承認さえ貰えればオッケーなほど準備してるんで。上司からの承認は意地でも取るんで」
「いや……え、えええ?」
よしよし、父さんが混乱している。良い調子だ。
ちらり。ペロスペロー様を見上げれば、何ともめんどくさそうな顔で私を見下ろしていた。ニコリと笑いかける。
そう、私の言う上司はカタクリ様だ。
そしてカタクリ様を丸め込むのに、重要となるのは二人。
「たく、お前はまた急に……そう簡単におれ達が許すわけねェだろ」
「駄目ですか」
「ああ駄目だ。だいたいお前を囲ってるのは……、……」
「ペロスペロー様?」
「………………」
え、何ですか? 首を傾げる。
何か言葉を詰まらせたペロスペロー様が無言で私を見つめ、そして数秒の後、大きく大きく息を吐いた。
「いや、もう、いい。寧ろ構えろ、店。その方が楽でいい」
「ええ? なんですか意味深な」
「良いから好きにしろ。カタクリにはおれから言っておいてやる」
さっさと行けと、疲れながらペロスペロー様が手を払う。何だか違和感があるが、一人立ち出来るんならそれでいいか、と私も無理矢理納得した。
──そう、この時ちゃんと重く受け止めていればよかったなと、思わなくないんだが。
まさか小さな頃の淡い記憶が相手にまだ根付いているなんて。
思うわけが、ないだろう。