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「……なんだ、お前か」
「…………なんだとは、ひどくないかな」


 ぱちぱち。瞬きを数回。
 空が見える。ということは、寝転んでいる。
 立ちながら私を見下ろす影は、思ったよりも小さい。初めて見る姿なのに見覚えがある、と思うのは首もとのもふもふが印象的だからか、事前知識が与えられていたからか。おそらくは、後者。
 そ、そうかぁ──今回は、こういうパターンなのかぁ……。

「えっと……お、おはよう。カタクリ、……くん?」
「気色が悪い」

 ……反抗期なのかもしれない。



***



 きょろきょろと辺りを見渡す。上も横もそれぞれ違った青が広がっている。海だ。天気もいい。相変わらず匂いも風もわからないけど、ザザーンという波の音は実に心地いい。

「カタクリくん、これって……船?」
「他に何に見える」
「……うん。船だね」 

 あはは、と笑みを浮かべてみる。今の一瞬だけで私は大分傷つきましたよ、カタクリくん。
 声色が冷たければ、私を見る様子もない。ぴりぴりとした空気は気まずさしかなく、正直もう一度話しかける気にはなれなかった。なんだろうこの態度。

 (成果が反映されてるんだとしたら、わからなくないけど……)

 こっそり溜め息を吐き出す。──夢の中でストレスになるとは、厄介な。

 トキちゃんと話してから数日間。手付かずだった卒論を片付けることを決め、寝る間も惜しんで論文を書くほど集中していた。
 私は取りかかるまでは長くても、一度始めてしまえば止まらなくなる性質だ。卒論や将来のことが本当にこの夢に繋がってるのかどうか確かめたかったのもあって、ちまちまとだが確実に、卒論は進んだ。
 正直、卒論自体は全然心配してなかったんだ。比較的ゆるい学科だから、一般的な学生よりは楽だと自負している。先生も厳しい人ではない。むしろ、最低文字数さえクリアしてればオッケーという姿勢。確かに私は考えるのも言葉をまとめるのも得意な方ではないけど、終わらないわけではないと思っていた。
 だからこそ、夢占いの真偽が気になったといえる。
 巨人が試練を意味することで、今その巨人が小さい子供になってるってことは……実際、影響が出てると言えなくも、ない。

 ううーん、辻褄があってしまった。将来を心配するほど繊細な人間じゃないと思ってたのに、こうもしっくりくる内容となると、やはりこの変な夢は暗示なんだろうか。
 まだちょっと、不思議な違和感がある。でも、結果が出てるのもまた、事実で。

「おい、回数は」
「えっ?」
「回数」
「あ……えーと、七回目? かな。君に会うのは三回目だけど」
「三?」

 眉間に皺が寄る。子供らしからぬ表情だけど、変だとは思えない。

「累計でいい。おれに会った回数と分けてたら、ややこしい」
「うん、わかった。私も年齢聞いてもいい?」 
「十二」
「……十二!?」

 十二って……小学六年生くらい!?
 思わずカタクリくんの姿を二度見する。成人した姿を知ってるから子供時代だと判断出来ただけで、知らなかったら何歳だと思ってたろう。少なくとも、成長期を終えた子のように、思うんじゃないかな。
 サイズ感覚が全然ちがうんだ……この間見たお兄さんも背が高かったし、成人したカタクリさんも数メートルはあったはず。身長だけで判断することはやめておいた方がいいらしい。

「……なんだ」
「あ、いや、ごめんなさい。昔から大人びてるんだなーと思って」
「……」

 睨まれた。それはもう、不愉快そうに。
 びくりと体が震えた。子供だっていうのに、なんて迫力なんだ。数メートルも身長がある成長後よりも、ずっとずっと今の方が怖い。
 何でそんな態度かなあ……。つい、身構える。カタクリくんの態度に心当たりはないけど、私が怖いと感じる理由は簡単だ。
 悪意を、怒りを、感じるから。
 すとんと、一つの言葉が頭に浮かぶ。直感的なものだけど、間違ってないだろう。一度目や二度目とは全然ちがう──この子はたぶん、

「……おれに会うのは三回目だったな」

 冷ややかな目。空気が、がらりと変わった。
 うん、と私が答えるより早く「なら、ちょうどいい」と嘲笑するように吐かれた言葉は、私に届いてなくてもいいと言わんばかりに感情が読めない。
 カタクリくんはくるりと踵を返し、スタスタとどこかへ足を運び出した。
 着いていくべきか──なんて、迷うまでもないだろう。着いてこいと言われてないだとか、私が動かなくても待つ素振りもないことだとか、そんな言い訳じみたことを考える必要もない。着いていかないのが正解で、現実だったら追いかけたりはしない。
 あからさまな嫌悪を出されたら、着いていけるわけがない。

「……カタクリ、くん!」

 ぴたり。歩みが止まる。
 心臓がびりびりと緊張を走らせ、無意識に拳に力が入った。なんで止めたんだ。自問自答しても、声にしたことは巻き戻せない。
 赤い目は振り返らない。
 少し、腹を括った。

「──話しかけるな」

 ああほら、やっぱり。

「お前が誰かも、もうどうでもいい。……目障りだ」

 この子は、私のことが、嫌いだ。
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