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 うーん、本当に何なんだろうな、今回は……!

 バタバタと足を揺らしながらはあああと盛大に息を吐き項垂れる。
 どこかに去ってしまったカタクリくんを追いかけることもなく、まぁそのうち目が覚めるでしょ〜と能天気に構えたのは間違いだったのかもしれない。まあ、今までを振り返れば割とすぐ目が覚めてきたから、変にカタクリくんを刺激するよりは時間を潰して次回へ様子見した方が余程いいと思ったのは自然な結論だったとは思う。それは良いんだけど。その後しばらく帰れず無駄な時間を過ごしたこともまぁ、最終的には目が覚めたわけだから、別に良いんだけども。
 しかしだ。

「まさか、三日間続くなんてな〜!!」

 あーもう! めちゃめちゃストレスだなあ!

 誰にも見えてないことをいいことに叫ぶ。今回は子供カタクリくんと分かれてから、既に数時間が経過していた。あくまで体感的なものだから実際はもっと短いかもしれないけど。数時間に思えるくらいには暇している。

 十二歳のカタクリくんと最初に出会った日は、すぐ夢から醒めるでしょ〜と思って船の中を探索して。たーっぷり、探索して。それでもやることがないから船の帆まで浮き上がって。ぼんやり海を眺めるに至って。島が見えることもなければ、ただ無暗に時間を使って。そして気がついたら起きてた。
 翌日。二日連続の海だな〜なんて思ってたら
棒? を振るカタクリくんと目があって、回数を伝えたら「昨日も会った」とだけ言って無視だ。止める間もなく立ち去られ放置された私の気持ちを察してくれ。
 そして三日目。つまり今日。今回だ。
 「こんにち……あっ」と目が合い、挨拶をしようとして、踵を返される。ぽつんと孤独を感じながら、遠ざかっていく背中を見送る。ああああ〜……と項垂れながら床に座り込む私。浮いているはずの身体がその場に縫い付けられたような感覚がして、途方に暮れる私。なんて悲しい絵面ですか、こら。

 (いやあ、そりゃあね? おかげで卒論は進みまくってますけども)

 わかる、わかるよ。カタクリさんは私の試練を現しているカッコ仮、だもんね。そりゃあ自分の存在意義が消えそうなら不機嫌にもなるよね、うんうん。そう思えば冷たい空気も近づくなオーラも驚かなくなってきては──

「なわけあるか! 私は別に、マゾでも何でもないんだぞーッ!!」

 海に向かって全力で叫ぶ。誰に文句を言ったらいいのかわからないというか、この場合は自分自身の無意識に不満をもらすしかないんだろうけど、腹立つものは腹立つのだ。
 相手は夢に出てくるだけの人で、しかも子供。十二歳児。なのに、何でどうでもいいと蹴飛ばすことができないんだろう。私の心は狭い。

「……例え夢でも、人に嫌われて、気分がいいはずないんだよ」

 なら向き合えって仲直りを模索できるかというと、そこまでの勇気もない。
 ──でも、流石に無視は、ひどいんじゃないかなあ……今日は回数すら聞かれなかったし、目があったことすら無かったことのように踵を返したし。そりゃあ、毎回毎回、自分にしか見えない幽霊がつきまとってきたら、嫌だなと思うかもしれないけれど。……確かに私がカタクリくんと同じ立場だったら、絶対無視するとは思う。現実だと思えないから。
 でも、ここは私の夢で、彼は幻だ。主導権が私にあってもいいはずじゃないのか。
 ふつり。お腹のあたりに、熱が溜まる。
 心臓のあたりに重りをつけたかのように、気分がずるずると下がっていくのと、我が儘な怒りが煮えたぎるのがジェットコースターのように交互にまわる。我ながら情緒がヤバい。

「……そもそも、」

 あ、無理だ。ぷつりと堰を切ってしまったことを冷静な自分が気づくも、止められない──止める気も、ない。
 この夢は私のストレスになっている。一度溢れた考えは、空っぽになるまで湧き続ける。
 ──今更の、文句でも、

「私からしたら毎回夢に出てくる君の方が、よっぽど不思議だよ! しかも無視なんかされたら、嫌に決まってるじゃんか!」

 もう細かい姿を忘れつつある成長後のカタクリさんが頭に浮かぶ。あの一見怖そうに見えて穏やかな空気が懐かしい。やたらと心配する世話焼きなギャップを微笑ましく思いたい。思い出して、唇をきゅっと噛んだ。貴方の子供時代、あまりにも態度が悪くないですか、カタクリさん。
 遥か遠くの人にまで文句を思うのはとばっちりもいいとこだけど、許してほしい。今の子供時代の彼には何も言えない。

「……あんなに、親切だったのに」

 自分の声が、思ったより心もとなく響く。
 ──筋違いだと、わかっていても。思わずにはいられないんだ。
 何で、邪険にするのかって。
 こうなるなら、始めから冷たいほうが……よっぽどよかった。




 ざぱん。ざぱん。ざぱーん、と。波が船に当たる音を聞いて結構経ったところで、ゆるゆると顔を上げた。深めに息を吐き出して残った憂鬱ともおさらばだ。

「……まぁ気にしてもしょうがないんだよなあ……」

 進まない悩みは何の解決にもならない。カタクリさんは『続けないなら、俺の言ったことは忘れてもいい』と言っていたけれど、あれはどういう意図だったんだろうなあ。もし私の性格を配慮しての発言だったとしたら、本当に頭が上がらない。

 (……波の音があって、よかった)

 心が落ち着く。潮風の香りを感じないのが残念だ。きっともっと落ち着くはずなのに。
 そういえば──ずっとお菓子の家で一貫していたのに、何で海にいるんだろう。しかも三日間連続で。世界一周旅行とか? 流石に船に住んでるってことは──ん?

「……海、に……住んでる?」

 瞬間、サァっと、血の気が引いた。

「……いやいや、まさか……」

 ふと、思い出された会話。この前トキちゃんと話した内容が、鮮明に脳裏を駆け巡った。
 カタクリさんとペロスお兄さんが口にし、私も気にしていた単語。それは確か──いや、しかし。でも、ですね。
 いくら、その単語がちょっと気になっていたとはいえ。本当に夢に影響が出ては困る。ものすごく、困るのだ。
 お菓子の城と巨人ならまだしも。もし、カタクリくんが……になんて、なっちゃってたりしたら。そんなの更に心労が溜まるに決まってる。だから。

「きっと、勘違いに決まって───、」

 …………る。
 言いかけた言葉は最後まで発することが出来なかった。
 ──い……いやいやいや……!
 口をあんぐりと開ける。呟きながら俯いて見えた先にある帆。大きな船に見合うだけの大きな帆に、でかでかと何かマークが書かれている気が、する。
 ひくり。口角がひきつる。
 見たくない。見ちゃいけない。見たら終わりな気がする。いや、でも、ほんと。ダメ、ぜったい。
 ……、……。

「……も〜〜!!」

 見ちゃった……!
 顔を両手で覆いながら、その場でじたばたと感情を吐き出す。
 ドクロ、というにはちょっぴりおしゃれな。口紅をした女の人のような唇に、ピンク色の髪……? 背景……? のあるデザイン。でも、そうだと言って遜色ないだろう。
 船の帆にドクロが描かれている。意味するものはひとつだ。

「……カタクリさん、どういうことですか……」

 今は居ない、静かでも親切な成長後の巨人さんを、思い浮かべた。
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