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11
──……お兄ちゃん……。
今でも、声がする。目に焼き付いて離れない。姿を見る度に思い出す。
これはおれの甘さだと。おれが招いたことだと。繰り返し言い聞かせ、ただ求める。
──カタクリくん、きいて。
その声がいつも邪魔だった。実体の無い奇妙な存在が、不気味で、目障りで、消えてほしくてしょうがない。
やめろ。
お前が、出てくるな。
何度拳を振るえば消えるのか。
何度槍を構えれば変わるのか。
答えは出ない。ならば終わるまで、歩き続けるしかない。
──私はね、君に──
……歩き続ける、しか。
「……決めた」
《んー?》
「もう、ぜったい、引き下がってやんない……絶対逃げないー!!」
《なに怒ってんの、かなで》
「夢の話!」
一週間も終わる花の金曜日。本来なら来るべき休みに備えて、ぐっすり寝たり、遊びの予定を立てたり、わくわくとした気分で迎える日だ。私は金曜日がだいすき。
と、いうのにふて腐れている、いま現在。
そりゃそうだ。何せせっかくの休みだっていうのに、悩みがまったく解消されてないのだから。
「夢のことでそんなに熱くなるなよって、自分でも思うよ!? でも本当に、ほんっっとうに、嫌なんだってば!」
《あーはいはい、そうね。かなでが怒るんだから相当だわ》
「トキちゃんごめんね!」
《いーって、アタシは。正直面白いし、興味あるわ》
電話越しにトキちゃんがニヤついてるのがわかる。「どれどれ、オネーサンに話してみなさいな」すっごく楽しそうだ。私は楽しめそうにないけれど。
ふつふつと、お腹の底から怒りが沸いてくる。三日間夢の中でめげて、悩み、現実でも考え込み、絶好調で書き進めていた卒論にも手がつけられなくなってきて。たどり着いた結論がこれだ。
めちゃめちゃ腹が立ってきた。シンプルに。
「巨人さんがさぁ、小さくなったんだよ! 小さくっていうか子供時代に!」
《うんうん》
「でもその子供状態だと、私のことが嫌いみたいでね。良いんだけど! 別に! 知らない架空の人物だし! 嫌われても!」
《だけど?》
「……無視は傷つく!」
ぽすん! 近くにあったクッションをベッドに投げつける。トキちゃんの笑い声が聞こえた。
ぐっと、言葉を失う──つまるところはそこだ。
何も私は、万人に好かれたいなんて思ってない。
ただ単純に、傷ついた。嫌われてるから私も嫌い、で終わらせられない。嫌われて傷ついた。無視されて傷ついた。そして傷つくのが嫌だから、自分の心を守るために怒ってる。カタクリくんを悪く言ってしまうことで、傷をなかったことにしようとしてる。
──でも、そう思う自分にも、腹が立って。
「夢自体は中々見ないから、楽しみになってきてたんだけど……」
《うん》
「だから……その……」
ゴニョゴニョ。言葉が継げなくなる。
急激に申し訳なさが駆け抜けた。勢いでなんてことを……これは現実にいる人の相談なんかじゃなく、夢の話なのに。呆れられてもおかしくない。
萎みこみ、二の句が告げなくなって膝を抱え込んだ。
……本当に私は何をやっているんだろう。いきなり怒って落ち込んで。掻き乱される情緒に、自分がついていけてない。
静寂が続く。何か別の話題を私が出さなきゃ、そう思うのに、こんな時に限って発想は蓋をしたまま働かない。
《……かなで。良いこと教えてあげよっか》
トキちゃんが言葉を紡ぐ。黙って続きを促した。
《それ──『寂しい』っていうんだよ》
ぴたり。思考の渦が止む。
──……寂しい、とは。
《かなでも寂しいって自覚あると思うけどさ。もっと簡単なんじゃない?》
「……何の話?」
《アンタの話だっつの。邪険にされたら傷つくってのはその通りだけど、どうでもいいやつにやられてたら気にならなくない?》
「……まぁ、多少は」
《でしょ? だからかなでにとってその子供は、仲良くなりたい相手ってこと》
もう一個良いこと教えてあげる。まだ理解の追い付いていない私を置いて、トキちゃんは更にすいすいと重ねていく。
《子供の起こす行動は、そのまんま受け取っちゃダメだよ》
「うん……?」
《なんかの裏っ返しとか、別の意味があるんじゃないのってこと》
「……えっと」
《かなで》
ぴしゃん。トキちゃんの声に、芯が通る。
無意識に背筋が伸びた。
《何かしら理由がなきゃ、人は動かないよ。それが直感とか感覚的なもんでも、そう感じるに至る過去がどっかにあるってこと》
「……」
《そこ向き合うの、避けてたっしょ》
──その通り……だ。
唇を噛み締める。
夢なんて幻に悩む私に、トキちゃんは真剣に付き合ってくれている。
出会ったばかりの頃のトキちゃんを思い出した。トキちゃんは今、もしかしなくても怒ってるんだろう。私が今トキちゃんが言った言葉を否定をしたら、それは私とトキちゃんの過去も否定したことになって。私自身は勿論、トキちゃん自身も、拒否したことになる。
私は。……カタクリくんに、嫌われてると。すぐに思った。
思ったら、決めつけて。そこから追いかけることをしなかったのは、私自身。
何でだろう、何の態度だろうなんて。私がわかるわけもないんだ。私たちの間には前後があるようで無い。広がっているのは目の前の情報だけで、あの子がどんな過去を持っているのか、どんな関わりを私としてきたか。今の私は何も知らない。
すう、と。大きく、大きく、息を飲み込む。
まだ少し、心は乗らなくて。
こういうことにほんと慣れないんだなって、実感するけど。
「……たかが夢に、馬鹿みたいって思う?」
《思う。でもアタシは、かなでのそういうとこが好き》
柔らかな声は、頑張る力になる。
自分の心に真っ直ぐになれなくなったのはいつからだろう。
過去を話さず決めつけてるのは、私も同じなのに。← →
今でも、声がする。目に焼き付いて離れない。姿を見る度に思い出す。
これはおれの甘さだと。おれが招いたことだと。繰り返し言い聞かせ、ただ求める。
──カタクリくん、きいて。
その声がいつも邪魔だった。実体の無い奇妙な存在が、不気味で、目障りで、消えてほしくてしょうがない。
やめろ。
お前が、出てくるな。
何度拳を振るえば消えるのか。
何度槍を構えれば変わるのか。
答えは出ない。ならば終わるまで、歩き続けるしかない。
──私はね、君に──
……歩き続ける、しか。
「……決めた」
《んー?》
「もう、ぜったい、引き下がってやんない……絶対逃げないー!!」
《なに怒ってんの、かなで》
「夢の話!」
一週間も終わる花の金曜日。本来なら来るべき休みに備えて、ぐっすり寝たり、遊びの予定を立てたり、わくわくとした気分で迎える日だ。私は金曜日がだいすき。
と、いうのにふて腐れている、いま現在。
そりゃそうだ。何せせっかくの休みだっていうのに、悩みがまったく解消されてないのだから。
「夢のことでそんなに熱くなるなよって、自分でも思うよ!? でも本当に、ほんっっとうに、嫌なんだってば!」
《あーはいはい、そうね。かなでが怒るんだから相当だわ》
「トキちゃんごめんね!」
《いーって、アタシは。正直面白いし、興味あるわ》
電話越しにトキちゃんがニヤついてるのがわかる。「どれどれ、オネーサンに話してみなさいな」すっごく楽しそうだ。私は楽しめそうにないけれど。
ふつふつと、お腹の底から怒りが沸いてくる。三日間夢の中でめげて、悩み、現実でも考え込み、絶好調で書き進めていた卒論にも手がつけられなくなってきて。たどり着いた結論がこれだ。
めちゃめちゃ腹が立ってきた。シンプルに。
「巨人さんがさぁ、小さくなったんだよ! 小さくっていうか子供時代に!」
《うんうん》
「でもその子供状態だと、私のことが嫌いみたいでね。良いんだけど! 別に! 知らない架空の人物だし! 嫌われても!」
《だけど?》
「……無視は傷つく!」
ぽすん! 近くにあったクッションをベッドに投げつける。トキちゃんの笑い声が聞こえた。
ぐっと、言葉を失う──つまるところはそこだ。
何も私は、万人に好かれたいなんて思ってない。
ただ単純に、傷ついた。嫌われてるから私も嫌い、で終わらせられない。嫌われて傷ついた。無視されて傷ついた。そして傷つくのが嫌だから、自分の心を守るために怒ってる。カタクリくんを悪く言ってしまうことで、傷をなかったことにしようとしてる。
──でも、そう思う自分にも、腹が立って。
「夢自体は中々見ないから、楽しみになってきてたんだけど……」
《うん》
「だから……その……」
ゴニョゴニョ。言葉が継げなくなる。
急激に申し訳なさが駆け抜けた。勢いでなんてことを……これは現実にいる人の相談なんかじゃなく、夢の話なのに。呆れられてもおかしくない。
萎みこみ、二の句が告げなくなって膝を抱え込んだ。
……本当に私は何をやっているんだろう。いきなり怒って落ち込んで。掻き乱される情緒に、自分がついていけてない。
静寂が続く。何か別の話題を私が出さなきゃ、そう思うのに、こんな時に限って発想は蓋をしたまま働かない。
《……かなで。良いこと教えてあげよっか》
トキちゃんが言葉を紡ぐ。黙って続きを促した。
《それ──『寂しい』っていうんだよ》
ぴたり。思考の渦が止む。
──……寂しい、とは。
《かなでも寂しいって自覚あると思うけどさ。もっと簡単なんじゃない?》
「……何の話?」
《アンタの話だっつの。邪険にされたら傷つくってのはその通りだけど、どうでもいいやつにやられてたら気にならなくない?》
「……まぁ、多少は」
《でしょ? だからかなでにとってその子供は、仲良くなりたい相手ってこと》
もう一個良いこと教えてあげる。まだ理解の追い付いていない私を置いて、トキちゃんは更にすいすいと重ねていく。
《子供の起こす行動は、そのまんま受け取っちゃダメだよ》
「うん……?」
《なんかの裏っ返しとか、別の意味があるんじゃないのってこと》
「……えっと」
《かなで》
ぴしゃん。トキちゃんの声に、芯が通る。
無意識に背筋が伸びた。
《何かしら理由がなきゃ、人は動かないよ。それが直感とか感覚的なもんでも、そう感じるに至る過去がどっかにあるってこと》
「……」
《そこ向き合うの、避けてたっしょ》
──その通り……だ。
唇を噛み締める。
夢なんて幻に悩む私に、トキちゃんは真剣に付き合ってくれている。
出会ったばかりの頃のトキちゃんを思い出した。トキちゃんは今、もしかしなくても怒ってるんだろう。私が今トキちゃんが言った言葉を否定をしたら、それは私とトキちゃんの過去も否定したことになって。私自身は勿論、トキちゃん自身も、拒否したことになる。
私は。……カタクリくんに、嫌われてると。すぐに思った。
思ったら、決めつけて。そこから追いかけることをしなかったのは、私自身。
何でだろう、何の態度だろうなんて。私がわかるわけもないんだ。私たちの間には前後があるようで無い。広がっているのは目の前の情報だけで、あの子がどんな過去を持っているのか、どんな関わりを私としてきたか。今の私は何も知らない。
すう、と。大きく、大きく、息を飲み込む。
まだ少し、心は乗らなくて。
こういうことにほんと慣れないんだなって、実感するけど。
「……たかが夢に、馬鹿みたいって思う?」
《思う。でもアタシは、かなでのそういうとこが好き》
柔らかな声は、頑張る力になる。
自分の心に真っ直ぐになれなくなったのはいつからだろう。
過去を話さず決めつけてるのは、私も同じなのに。