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「カタクリくん。君は私のこと、幻覚だと思ってるの?」

 案の定、今夜もまた見慣れた船で目覚めた私は、迷うことなく真っ直ぐカタクリくんの元へ向かった。
 授業中に頭を整理していたら、ある程度考えは纏まったし、話したいことも出てきた。だから、経過報告も兼ねて話しかけてみることにしたのだ。
 カタクリくんは甲板の隅っこで槍を振っていた。予想通り。視界に入っているはずなのに反応がないのも予想通り。悲しいことにね。
 なので、いつかの時のようにまた一方的に言葉を投げ掛け続けた。

「考えてみたら確かにね、幻覚だと思ってるなら私を悪だと思っても仕方ないなーって。でも私は私を幻覚だと思ってないし……かといって本当に存在してます!ってどう証明していいかわかんないから、平行線だなあって」

 要するに君のことを知る以前の問題だと、気づいてしまったわけである。
 君の立場になった時、明らかに邪魔をしているのは、私の方だよねーって。今回の目的はその報告が一つだ。

「自分を証明する方法は、これからのんびり考えていくことにするね。その間に勝手に君のこともどんどん知っていこうかなと」

 まぁ全く策がないわけではなくて、船内で聞いたカタクリくんが知らなくて私が知っている話をするとかも、考えたんだけど。
 それを十二歳の子にやってしまったら、混乱したり不安になったり、いじめられたりしちゃう可能性もあるかなと。だから証明する方法は『今は』無いが正しい。いつか本人には言わずに決行する予定だ。
 ちらり、カタクリくんを盗み見る。反応はたぶん、無い。と思う。

「もう一個いい?」

 カタクリくんは私を見ず、槍を振っている。
 船の縁に座り、足をぷらぷらさせている私は、彼には暢気に思えてるんだろうか。……鍛練に集中して、本当に気づいてない可能性だってあるなあ。
 
「君が頑張っているのは、君が王子さまだから?」

 城と国と義務。そして未来の彼らの姿から私が導いた結論は、この可能性だった。
 ぽつり。聞こえてないかもと思った瞬間に小さくなった自分の声が、何故かその場に響いた。
 いつの間にか下げてしまっていた顔をあげると、カタクリくんの槍が止まっている。ひゅんと風を切っていたその音が無くなっただけで、随分と静かな空間になるらしい。

 (……あれ)

 目が合っています……ね……。


「……いい加減にしろ」

 ぴりっとした空気の中で、カタクリくんの声が広がる。どくりと、心臓が一拍大きく鳴って、身体が緊張していく。
 な、なんだ……? 何が引っ掛かったんだ……? 

「うろちょろうろちょろと、きょうだいの周りを彷徨きやがって……おれが駄目なら他に行きゃいいと思ったのか。誰かがおれの話をすれば、おれに取り入れられるとでも?」

 ざく、ざく。槍を床に僅かに突き刺しながら、カタクリくんは私の元へ向かってくる。
 どう考えても怒ってる。以前私が勝手に宣言して、勝手にしろと言われたあの時とは全然違う。タイミングか、言葉か──何にしろ、何かが彼の中の起爆に、なったんだろう。この感じ、前にも受けた。
 ──初めてこのカタクリくんに、会った日みたいに。
 
「……おれを知りたいとか言ってたな」

 ざくり。すぐ足元の床に槍が突き刺さる。子供でも身長は彼の方が高い上に、今は私も座っている体勢だ。見下ろされれば、圧がかかる。

「おれだって知りてェ。なんでおれにしか見えないのか、なんでおれに付きまとうのか。目障りだと言っても理解できねェ、そのでき損ないな頭はなんなのか……!!」
「う、わっ」
「てめぇはいったい、何なんだ!!」

 ドクドクドク。心臓が、五月蝿く、息が詰まる。瞬きすら忘れそうだ。
 ──落ち着け。落ち着け落ち着け!
 声に出して自分を宥めたい気持ちをぐっと抑えて拳を握る。目を逸らせば多少ましになることはわかっているけど、それをしたら更に怒りを買う気がした。
 というか、何で怒ってるんだ。何が引っ掛かった!? まわらない頭じゃすぐに答えが出てくれない。それでも、この怒りに何かを、返さないと、私は。
 は、と息を吐き出す。深呼吸を鼻でして、唇を噛み締めた。ぴりっとした痛みが走って、やっぱり私は幻覚でも何でもないな、なんて場違いに思った。
 何か言わなきゃ。間が空きすぎちゃいけない。咄嗟でもいいから、何か。
 ──気圧されるな、自分。

「……なんで君にしか見えないのかは、わかんないけど。後半二つは、わかるよ」

 声が震えそうだ。いや、震えてるのかも。ああもう判断がつかない。知るか。
 シミュレーションはいっぱいしたんだ。君と話せるようになったら言いたいこと、聞きたいこと、いっぱいあったんだ。
 だから予想外の問いだって、出てくる言葉はきっと私の本心だから。
 何で君に付きまとうのか。目障りだと言われても、何で理解しようとしないのか。
 それはひどく、シンプルな理由だ。

「君が私を、見るからだよ」

 鶏か卵か、みたいな話だけれど。
 寂しいとか、君を気に入ったとか、そんな話じゃないんだと思う。
 もっとシンプルで──ああでも、もっとわかりにくい、ことなんだけど。私にも上手くは言えない。

「だって、無理だよ」

 ただ、そうであると、直感的に思うんだ。

「どんな状況であれ、なんであれ──自分のことを見てくれる存在なんて、愛しいに決まってるじゃん」

 ──……そういう、ことなんだ。たぶん。
 熟考した結果じゃないばかりに、我ながら思いきったことを言ったなと恥ずかしくもあるが、言い終わった今も違和感に襲われないということは、間違ってないんだろう。
 そう自覚すれば何て簡単なこと。カタクリくんの威勢に驚くことなんかない。むしろ、笑ってやる。君のそんな圧なんかに、引く気はないんだと。大人の余裕ってやつを見せてやる。
 面食らったように目を見開いたカタクリくんを捉えれば、自分が言った言葉が尚更嘘じゃないと確信出来た。次はなんて言われるだろう。どう対応しよう。びっくりするほど思考が早くまわる。それすら、当然かと納得出来た。
 そりゃそうだ。これは私が勝手に始めた、君への挑戦なのだから。

 カタクリくんが勢いよく息を吸い込み、眉間に皺を寄せる。

「……ッお前のそういうところがッ、」


 ──バンッ!!


「うわっ!?」

 大きな音が響き、船が大幅に揺れた。
 浮いてるし透けている私は音に驚いただけで何ともないけど、カタクリくんは僅かに体勢を崩した。発生源がどこかは見えない。
 混乱が頭を占める。
 響く咄嗟の悲鳴。波打つ水の音。そして一気に、喧騒が広がった。

 ──カタクリ、敵襲だ!
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