menu
top    about    main

8


 おーおーおー。今日の夢はまた、壮観だなあ。

 気がついたら屋根の上にいた。あまりにも唐突なことにヒュッと息を飲んで固まったが、その違和感にはすぐに気づけた。
 あっこれ私浮いてる。いつもの夢だ。
 似たような夢も四回目となれば慣れたもの。子供の理想がたくさん詰まったようなお菓子の家達を視界に捉えると、その中でとても目立つ存在を見つけ笑みを浮かべた。

「カタクリさーん」

 お菓子の家が建ち並ぶ、小さなキャンプ場みたいになっている場所でぽつり、一人だけ。
 ぎょっとしたように私を見つめ「……かなで」と呼んだその人のもとへ、ふよふよ浮きながら近づく。

「こんにちは、カタクリさん。えーと、四回目です」
「……二十一歳だ」
「あれ? じゃあ……その」
「二回目と三回目にはもう会ってる」

 神妙な顔で眉間に皺を寄せたカタクリさんが、すぐに遠い目をして私から視線を逸らした。
 相変わらず目に感情を乗せる人だ。でも付き合いの浅い私はまだ、その意味の全てがわかるわけじゃない。今のはなんだったんだろうなと思いながら、少し寂し気に見える顔を覗きこんだ。

「本当に思い出話、出来そうですね」

 にこり。出来る限りの最大の笑顔でそう言う。
 何回も時を重ねた見知った私じゃない、まだ初対面寄りの私が出てくるのはカタクリさん的には物足りないかもしれない。でも前にカタクリさんが言っていたように、いつかは被る回数も増えて思い出を語らえるのだ。
 そんなのフィクションだろうけど、と本心では思ってしまっているが、私の現実思考は夢の中の住人であるカタクリさんには関係ない。事実はどうあれ、今目の前にいるカタクリさんが楽しければそれでいい。
 ……カタクリさんに楽しいことがあるかはわからないけど。

「……生憎いまは、思い出を語ってやれる時間はないがな」

 仕事中だ、とカタクリさんはお菓子の家を顎で示す。首を傾げながら視線を追いかけると、遠くからではわからなかった状況が見えてくる。
 小さなキャンプ場みたいだと思った住宅地は、実際は人の気配はないらしい。

「古い家を集め、処分しようとしていたところだ。弟が来るまでの間しかお前には構ってやれない」
「あ〜、お菓子ですもんねぇ。……弟さんと二人で食べるんですか?」
「食うことしか前提にないのか、お前は……おれは見に来ただけだ。弟が新しい家造りの発想を得るために島を渡ってくる。ついでに顔を見るつもりだった」
「デザイナーさん? とかですか?」
「ビスケットハウスのな」

 ビスケットハウス……!
 思わず目を輝かせた顔をカタクリさんに向けてしまう。「……厳密にはデザイナーではない」とめんどくさそうに訂正した言葉は聞こえていたけれど、私はまだ見ぬ弟さんに尊敬とわくわくの気持ちが募った。

「ビスケット、ビスケットかあ。お菓子の家って良いですね、やっぱり!」
「……そうか」
「ずっとは大変そうだけど、一度住んでみたいなあ。一日中わくわくした気持ちでいられるんだろうなあ」
「…………」

 カタクリさんが黙りこくって、はしゃぐ私を放置し始めた。別に嫌そうには見えなかったから、このまま興奮が収まるまで触れずにいる選択だろうか。
 数分の短い間、処分されるというお菓子の家達を見てまわったけど、どれも処分されるのが勿体ないくらい可愛くて綺麗で、夢に溢れていた。住んでいるのはカタクリさんやペロスお兄さんみたいな怖い見た目の人かもしれないけれど、それはそれでギャップが面白くて良い。

 飛び回って満足した私がカタクリさんの元へ戻ると、カタクリさんは切り株の上に座って待っていた。「すみません」一声かけて頭を下げる。諦め顔で「……慣れてる。好きにしろ」とカタクリさんが言うので、謝罪はやめて隣に留まる。

「……随分楽しそうだな」
「滅多に見られない光景ばかりなので。童心に返っちゃいますね」
「悩みだとか、心配事はねェのか」
「ふはっ。能天気って言ってます? 確かに緩やかに楽しい日々を過ごしてますけど」

 また疑うような目でじっと見られる。楽しくいる人がそんなに不思議なんだろうか。カルチャーショック?

「まぁ、どうでしょうね。私はカタクリさんのように働いてないですから、世間知らずなだけかも」
「……そういう意味でもないんだが」

 はぁとため息を吐かれる。疲れた様子から、どこの意味を取り違えたんだろうと考え、弾き出した一つの答えにむず痒くなりつつ口にした。

「……ただの心配でした?」
「…………」
「……カタクリさんって、優しいですよね」

 私の何をそんな心配することがあるんだか。思い浮かぶことはないけれど、私に心当たりがないなら、彼本人の性分なのかもしれない。
 あるいは、私の夢なのだから。私に優しい世界なのは、当然なのかもな。

「四回目……四回、か。かなで」
「はい?」
「…………続けるなら、ルールは守らなければ未来が変わる可能性がある。だが、続けないなら、」

 その心配がいつに繋がるかを、深く考えればよかったのに。

「おれの言ったことは、忘れてもいい」
  •