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 ──月に照らされただけの、暗くて大きなお城。
 鋭く、苦しく、光を放つ瞳。
 
 このまま見ていたら、きっと私は食べられるちゃうんだ。そう思った。
 そう思っても、動けなかった。
 ……だって、訴えているように見えたんだ。
 ただ真摯に。一途に。


 ──かなしい、と。



***



「……って感じなんだけど。どう思う?
トキちゃん」
「うーん」

 ずずず。無くなりかけのフラッペを空気と共に吸い込み、トキちゃんはストローを無駄にくるくるとかき回した。
 冬も近づいてきた秋の終わり。まだ気温は何となく暑く、外へ遊びに出掛ければじんわりと汗が滲むほど。
 就活も終わり、大学生活をぼんやり過ごすだけになった私と違い、トキちゃんは専門学校を卒業してすぐに働き出した組で、会うのは半年ぶりだった。
 久しぶりに会ったから、本当はもう少しトキちゃんの話も聞いていたい──そう思いつつ、私はどうしても、誰かに話を聞いてほしい事案があった。
 それはとてもくだらなくて、わざわざ人に話すようなものでもないくらいにつまらなく、ヤマもオチも無い話。それでも、どうしても気になってしまっている。
 ここ最近見るようになった、『変な夢』について。
 
「夢が続き物になってるって、結構珍しーね」
「そっ……そうだよね!? あんまりないよね!?」
「うん。アタシは元々あんま夢見ないから、尚更思うのかもしんないけど。かなでもぐっすり寝ちゃう方じゃなかった?」
「うん、そう、そうなの! 寝付きはすごく良いと思うの!」
「アタシ、修学旅行でアンタが真っ先に寝たの、未だに忘れてないかんね」
「それはごめん」

 朝まで女子トークしよーね、とウキウキしていたトキちゃんを置いて即寝した記憶は、私にも強く残っている。でも眠かったんだ。ごめんトキちゃん。
 でも、とトキちゃんは新たにメニューを眺めながら続けた。

「その夢、結構大事かもね」
「……なんで?」
「人の夢は、案外馬鹿に出来ないって話」

 アイスコーヒーが追加注文される。慌てて私もカフェオレを頼むと、既に携帯へ目を向けてしまったトキちゃんに食いつく。

「トキちゃん、何か心当たりあるの?」
「いんや、大したことじゃないけど。高二の時に内田がさ、骨折した夢見た数ヶ月後に本当に骨折してたじゃん。覚えてない?」
「んー、骨折したのは覚えてるけど、夢の話なんかしてたかな」
「してたよ。ちょうど今ぐらいの季節に『桜に滑って足骨折する夢見た』とか言って、ほんとに春の始業式で転けてたじゃん」
「そ……う、だっけ……?」
「そーだよー」

 アタシも思い出したのは大分あとになってからだけど。ちょっと話題になったじゃん。
 そう言うトキちゃんを見ながら、再度記憶を呼び起こす。内田くんとは仲が良いわけじゃなかったけど、クラスが二年間一緒でそこそこ話す相手だった。でも、その話はさっぱり思い出せない。
 ──そもそも。考えてみれば、私は夢の内容を、そんなに覚えてない派だ。
 夢をあんまり見ないから、数少ない見た夢は覚えているかと思いきや、逆に頻度が少なすぎて内容が朧気なのだ。
 もしかしたら、自分が思っているよりも、案外夢は見ているのかもしれない。
 かもしれないが。そうすると、なんでこの夢がこんなに引っ掛かるのかも、また疑問なわけで。

「ま、そんなわけでさ」
「ん?」
「やってみよ、夢占い。なんかの暗示かもしれないよ」

 ニッと笑い、トキちゃんが携帯を掲げる。どうやらさっき携帯をいじってたのは、夢占いを探していたからだったようだ。
 ト、トキちゃん……! なんて優しい子……!
 大げさに両手で口を抑え、感動に打ち震えてみた。「やかましい」と冷めた目を向けられる。

「なんかさ、ヤじゃん。アタシかなでには気楽にのんびりしてて欲しーんだよね」
「ううう、トキちゃん……! やさしい……! 姉御肌……!」
「照れ隠しがウザい」

 バレてた。恥ずかしい。
 へへへ、と思わず緩んでしまった口を引き締め、トキちゃんと共に携帯を覗き込む。
 なんて検索したものか。一言では収まらないので、印象に残った単語を絞り出す。

「えっと……まずは、お菓子の家かな」
「そんなピンポイントにある? お菓子とかじゃ……いや、あったわ」
「あ、あるんだ」

 私もびっくりした。スタンダードな夢に当てはまると言うことなんだろうか。
 少しドキドキしながら、トキちゃんが読み上げるのを待つ。恥ずかしい意味だったらやだなという緊張が頭を過った。

「お菓子の家は……『誘惑。いま何かに騙されてる』……うわ、めっちゃありそう!」
「えっ!? なんもないよ!?」
「いやー、どうかな。知らない間になんか突っ込んでるかもよ? 最近変なことない?」
「ないよ!?」

 疑い半分、からかい半分で据わった目を向けてくる。な、無いです! 本当に! そう言っても、トキちゃんは信じないだろうけど!
 ちょっと言及されるかと思って身構える。が、トキちゃんはすぐ身を引いた。あれっ、いいのかな……? おそるおそる力を抜く。

「……まぁいいけどね。かなでは騙されそうだけど、流されはしないと思うし」
「それは光栄……」
「次行こ。幽霊が出てくんだっけ?」
「違う違う。出てくるのは巨人。幽霊は私」
「それもまたワケわからんね」
「ね。あとはー……海賊?」
「ん? 海賊なんて話に出てきたっけ」
「海賊の人は出てないけど、巨人さん達がそんな話してたから。ちょっと気になって」
「ふーん」

 ぽちぽち。順番に一つずつ、単語を調べていく。
 夢占いを信じてるわけではないし、ちょっとした興味本意という気持ちが強いけれど。もし本当に心辺りがあるような内容だったら、心に留めるのもいいのかもしれない。
 それに、なんの暗示かがわかったら、夢も終わるかもしれない。
 始めにあの不思議な夢を見てから、その後数回。カタクリさんには会えていないが、明らかに同じ世界にいると思われる夢を数回見た。
 良い加減気にもなる。

「巨人は力とか支配に立ち向かう恐怖。仲良くしてんなら、試練の克服とかじゃん?」
「試練……卒論?」
「あー、かもね。自分が幽霊になんのは、新しく生まれ変わること。海賊も恐怖とかだから……進路の不安が出てんのかも」
「あ〜〜」

 それはまた、言い得て妙な。
 所詮占いなんて、誰にも当てはまるようなことしか書いてないんじゃないかな、とは思う。思うけど、当たってるとそこに理由を置きたくなるのが、心理というもので。

「働きたくない……」
「アンタも来年はこっち側だっつの。誰かに養ってもらえば? 出来るんならねー」
「むり……」

 トキちゃんはけらけら笑う。社会人として私より先輩なだけあって、人の様子が楽しいんだろう。余裕な表情が悔しい。
 頼んでいたアイスコーヒーとカフェオレが届き、会話はぐだぐだと続いていく。意味もなくカップに口をつけては、ちまちまとカフェオレの温かさを味わった。

「……あ」
「ん?」
「ねぇ、かなで──仲が良いのは巨人であって、海賊じゃないんだよね?」
「そうだよー?」
「そ……じゃあいいわ」

 どっちと仲良いかで、結果が雲泥の差だわ。
 そのトキちゃんの言葉に「ですよねぇ」と返した。
 夢の暗示は、試練を克服するか、堕落するか。ちょうど二つの別れ道が表れているのだろう。
 ……卒論、がんばろ。
 溜め息を吐いて、デザートを追加注文した。
 
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