レーションを食べない神威
空腹を訴えてきた神威さんに料理を提供すると、彼は大きく一口齧ってから、そっと皿に戻した。
「……何コレ」
「見てわかりませんか?レーションです」
夜兎は身体能力が高い分、一般人と比べてカロリー消費が激しい。だからよく食べるのだが、質より量と言わんばかりに早食いされると手間をかける気も失せてくる。
そこで今回は、普段一品につき秒単位で平らげてしまう神威さんに、栄養だけ考えて作ったボソボソのレーションを食べてもらおうというわけだ。せいぜい水分不足で苦しめばいいという、私なりのささやかな嫌がらせである。
「レーション?」
「携帯食の一つです。これ一本で夜兎一食分の栄養が詰まっているんですよ。これなら戦場に出て空腹で倒れる心配もありません」
「ここは戦場じゃないんだけど」
「料理人にとって厨房は戦場です。つまり私は夜兎の皆さんより長く戦場に立っているということですね」
「よく言うね。ここを戦場にしてあげてもいいんだヨ?」
「すみませんでした」
「ていうか俺は料理人じゃないからその理論は通用しないね。ホラ、早く作り直してよ」
「えっ残すんですか?あの何でも食べる神威さんが?」
「だってコレ粉だよ?俺固形の粉なんて初めて食べたかも。唾液が追い付かないもん」
「固形の粉なんてうまい棒と同じじゃないですか」
「料理人を自称する人の発言じゃないね」
「環境のせいです。カロリーと味の濃いものを要求され続けておかしくなりました。和食が恋しいので実家に帰ります」
「じゃあ今すぐ下ろしてあげるよ」
「神威さん、今までお世話になりました。私は星になります」
「宇宙一暗い星になりそうだけどね」
「いえ、私は宇宙一輝きます。それはもう全生物が眩しくて目を開けられないってくらい発光します」
「普通に迷惑」
「ですが何億光年輝く星にも寿命があります。燃え尽きた私は塵となって宇宙を漂い、やがて一つに集合して生まれ変わるでしょう」
「不死鳥かな?」
「そして地球に降り立った私を見て、人間も天人も等しく目を押さえて言います。『前が見えねぇ』」
「また燃えてたんだ」
「しかし燃え盛る私は実家に帰ることができません。火事を防ぐため、この火を消す方法を探して江戸中を探し回ります。しかしどんどん人は離れ、失望のあまり私は目の前が真っ赤に染まります」
「それ比喩じゃなくてただの火の海だよね?みんな逃げてるだけだよね?」
「私は意を決して海に飛び込みます。すると時間をかけて火は消え、無事元の体を取り戻すことができました」
「へぇ、良かったじゃん」
「ようやく実家に帰れる。そう思っていた私を待ち受けていたのは非難の嵐でした」
「まあそうだろうね」
「私の輝きは太陽を凌駕し、遠い星も照らしていたようです。将軍を通して渡された文にはこう書かれていました。『主がいない我が星は暗澹の最中にある。再度燃えて来訪されたし。金は出す』」
「最後一気に譲歩したね、その統治者。ていうか江戸燃やして捕まらなかったの?」
「特に罰はありません。警察も喜んで私の旅立ちを見送ってくれました」
「完全に邪魔者扱いじゃないか」
「しかし燃え盛る体ではお金も持てません。私は宇宙船を乗っ取って別の惑星に上陸します」
「この話いつまで続くの?」
「レーションを食べ終わるまでです」
「ふーん」
「じゃあ食べよう、とはならないんですね」
「その辺の弱い奴に食べさせるよ」
「え、それは困ります。夜兎だけにしてください。人間が食べたら塩分過多で死ぬので」
「でもアンタは蘇るんだろう?」
「私のことだったんですか。残念ですが私が食べると溶けてしまうので無理です」
「………………。」
「あの、神威さん?どうして厨房から塩なんか取ってきて──ぎゃあ!無言で塩をかけないでください!私はナメクジじゃないです!」
この後食堂にやって来た阿伏兎さんは、白くなった床を見て「何やってんだお前ら」と後頭部を掻いた。