布団をしまう沖田ミツバ

 まだ愛想も実力もない、クソガキだった頃の話だ。私は道場の男どもに負けて、川辺で悔し涙を流していた。

「こんにちは」

 女だというのはわかっていた。短い歩幅、厚い衣擦れの音、軽い下駄の調子──でもそんなことどうでもよかった。

「あっち行け!」

 ささくれ立った気分だったとはいえ、随分な挨拶だったと思う。何度思い出しても自分を殴り飛ばしてやりたい。おまけに当たりはしなかったが、石まで投げつけた気がする。

 けれどあの人は逃げなかった。

「もうじき暗くなるわ。お家に帰りましょう?」
「嫌だ。あんな家帰るもんか」
「まあ、総ちゃんと正反対のことを言うのね」

 総ちゃんって誰だよ、と思った。
 でも何も言えなかった。

 あまりにも楽しそうに紹介してきたからだろうか。それとも、本当の家族の形を見てしまったからだろうか。

「実はあの子、最近早起きするようになったの。土方さんが言うには筋のいい子供が来るようになったからだろうって。でも私、それだけじゃないと思うのよね」

 思い出す度に実感する。沖田総悟が苦手になったのは、この時からだ。彼女のやわらかな微笑みを毎朝見られるのかと思うと、気に食わない気持ちでいっぱいになった。
 それが嫌悪ではなく、自分にはない家族の絆を羨ましく思っていただけだと気づいた時には、もう彼女はいなくなっていたけれど。

「……殴らないのか?」
「どうして?私はあなたとお話ししたいだけよ」

 ふいに風が水面をさらう。隣でケホ、と咳き込んだ。風邪かと聞くと、「昼間のふりかけのせいね」と楽しそうに笑ったのを覚えている。

「……帰れよ。アンタには待ってる人がいるんだろ」
「あなたにもいるわ。今日から私もその一人」

 田舎の噂はすぐ口の端に上るから、きっと我が家の事情も知っていたのだろう。だがこの瞬間、私は甘い毒のような光に照らされたのだ。

「総ちゃんのこと、よろしくね」
「……勝手にしろ」



 花束を抱え、墓標の前に立つ。
 陽だまりのような人だった。真昼の太陽が似合う人だった。

「あんなサボり魔、託されたって困ります」

 私を照らす光はどこに行ってしまったのだろう。
 あなたがいない世界は、少し寒い。