彼は案外いいひと
二人が着いた頃にはもう廊下にあまり人がおらず、たまにちらほらと人が見えるくらいだった。
アブラクサスは教室の近くまでステラを案内すると、荷物を返して杖を取り出す。
何をされるのか、とステラが体を強張らせれば、アブラクサスは苦笑をひとつ零して杖の先を教科書の上に向けた。
「Orchideous.」
「……わあ」
アブラクサスが呪文を口にすれば、そこには控えめだが可愛らしい花束があった。
きらきらと輝く瞳を向けて花束を出した本人を見上げれば、アブラクサスは柔らかい綺麗な笑顔でステラの髪をさらりと撫でた。
「これは花を出す呪文だよ、知っているかな」
「は、はい!わたし、この呪文が大好きです!」
そう言って一生懸命伝えようとするステラの姿にアブラクサスは微笑み、そして名残惜しそうにその背中を押した。
「そろそろ入らないと、遅刻になってしまうよ」
「あっ、そうだった……」
「その様な顔をするな。また後で話せばいい」
「えっあっいえ、その、そこまででは……」
そうかい、それは残念だ
遠慮するステラに本当に残念だと感じてそう言い、アブラクサスは先程魔法で出した白と青の薔薇にそっと口付けて踵を返し、去って行った。ステラは知らぬうちに頬を普段よりも紅く染め、教室に入りながら首を傾げた。
悪いひとではないみたい。それにしても、
この頬の熱は、何だろう。
(青い薔薇は『一目惚れ』
白い薔薇は『私はあなたに相応しい』)