遠い極限
(2/7)
足早に回廊を抜けていき、金蝉様の部屋を目指す傍らで、またしても私は足止めをされてしまった。
この数時間でどれほど心の臓が縮められたことか。ここが天界でなければ、死に一歩近付いたと喜ぶのか、はたまたまだ散る時ではないと歯を食い縛るのか、そんな事を漠然と思いながら目の前の人物の足元に視線を留める。
「……ご無沙汰しております。天蓬様」
恭しく頭を垂れて定型通りの挨拶を述べれば、頭上から大きな溜め息が落ちた。
遥か昔、この天帝城の片隅で様々な議論を交わしたこともあったが、あの頃を思い出すこともできないほど、お互いの立場は変わってしまった。
「本当に、久しぶりですね」
言外に含まれる毒が視線から射抜くように向けられた事で、罪人の私への印象とはそういうものだったと改めて感じた。それでも声を掛けていただけるだけ僥倖と取るべきなのだろう。
昔には、もうどうやっても戻る事は叶わない。
「……失礼いたします」
目を合わさず通り抜けようとすると、さっと腕を取られてしまい、突然の事に随分と動揺してしまった。
「近頃はここも下界も騒がしいのは気付いていますか?」
「……いえ……私は……」
何度目かの冷や汗が背中を伝う。
疚しき事しか無い心情を悟られぬよう、突然呼び止められたことによる驚きで竦んでいると、見逃してはくれないものか。
しかし、きっとそんな甘えは通用しない。この、西方軍元帥にまで上り詰めたお方に、私では太刀打ちなどできるはずも無い。
このお方は、昔のように議論を交わしたい訳でも無く、私を牽制している訳でも無く、何かしらの確信を得ているからこそ、こうして罪人の私を呼び止めている。このお方は、そういうお方なのだ。
「あなたのしている事に理解はできます。しかし、表立っての賛同はし兼ねますね」
「なっ……」
危険極まりない発言に、私は周囲を見渡した。どこで誰が聞いているかも判らない場所で、元帥という立場を一瞬で失ってしまうばかりか、罪人ともなり得る台詞に、私はただただ恐ろしくなってしまった。
「急いで……おりますので……失礼いたします」
掴まれた手をなんとか外して立ち去ろうとすると、着衣の胸元に紙が差し入れられた。足早に回廊を進み、ひとつ角を曲がったところでその紙を手に取る。
そこには、たった一言だけ。
『夜桜』とあった。
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