遠い極限

(7/7)
「もうよい。出て行け」


吐き捨てられた言葉に、文字通り力無く従う。頬の痛みなどよりも胸の苦しさに足元の力を奪われる。


「……御前、失礼いたします」


李塔天様を前にして、私が言えたのはそれだけだった。部屋を出てドアまでをも閉めると、あの空気から解放された事へ安堵するも、次第に悔恨と屈辱が身体の中で渦巻き、立ちはだかる者の強大さに涙が滲んでくる。


唇を噛み、それでも私が成す事はひとつだと言い聞かせながら、足早にあの部屋を目指した。


城内に張り巡らされた様々なシステムに影響を与えては、各方面が混乱してしまう。それには一切干渉する事なく、あの惨たる理の全てを未来永劫消去するには、まだまだ時間が必要だった。


悠久の時の中で、有り余る時間に飽き飽きしていたのはいつだったろうか。今の私に残された時間はどのくらいだろうか。

休むこと無く、私はあの画面に向かう。すぐ背後まで迫ってくる何かが、私を捕らえる前に完成させなくては。


頬を打たれた時に切れたのか、口の中で錆びた味がした。口内なら目立たないだろうと思いつつも、窓に自分を写してみると溜め息が漏れる。


いつの間にか外は夜になっており、月の光が柔らかく辺りを照らしている。それを隔てている窓に写した私の口元は、確かな痣になっていた。このままの顔でナタク様にお会いしようものなら、そう考えると溜め息が漏れてしまった。


痣は擦っても消えないと承知の上だが、なるべくなら早く消えて欲しいものだ。そう思った時、ふとあの胸元に差し入れられた紙の事を思い出した。たった一言。『夜桜』と書かれた紙だ。


もう一度その紙を手に乗せて、私は窓の外の桜の木を見つめた。散ることの無い、天界の桜の木を。



そこには、金蝉童子、捲簾大将、天蓬元帥といった錚々たる方々が、悟空を囲んで和気藹々と過ごしていた。それに暫し目を奪われていたが、私は大きく息を吐いてからまたあの画面へ向かった。








「珍しいこともあるもんだ」

「あ?何がだ?」


酒を手にしていた金蝉は、間の抜けた声を上げる捲簾に呆れたように問う。


「あの窓辺の君がこっちを見てた」


そう言って捲簾が指差す方を辿れば、ひっそりと佇む一室に明かりの漏れた窓があった。もう少しよく覗いてみれば、見覚えのある女の横顔がはっきりと見えた。


真っ直ぐ何かを見つめている横顔は、凛としているようでどこか脆さを感じさせるような、そんな横顔から金蝉は目を逸らせずにいたが、天蓬は困った顔で溜め息を吐いた。



「本当は出て来て欲しかったんですが、ま、一応効果アリってことにしましょう」

「天ちゃん?」

「なんでもないですよ、悟空。さっ、これも食べましょう」


無限の時に甘んじて急ぐ事を忘れる日々。ただ悪戯に過ぎる時間を惜しむ者。その者はこの時にはただひとり、窓辺の君だけだった。


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