不退転の決意

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それから数日、悟空は何度かナタクの見舞に行ったようだったが、そこに白羅の姿は無かったそうだ。そんな事を悟空がいじけながら言うものだから、金蝉もどことなく気になっていた矢先、ナタクがやっと目覚めたと人伝に聞いた。


「白羅、李塔天にナタクの部屋から追い出されたそうですよ」

「……は?」


いつもの如く、あの桜の木の下で宴会をしようと誘いに来た天蓬が、そう言えば、といった体でそんなことを金蝉に告げる。天蓬は、さも金蝉が知りたかっただろうと言いたげに、有益な情報を持ってきたとご満悦だ。


「別に俺が知らなくてもいいことだろ」

「そうですかね?」


白々しくて喰えないヤツだと、金蝉は横目で睨みながら桜の木へと歩を進める。どうやら悟空と捲簾は先に行っているようで、いつもの騒がしさが無く拍子抜けしてしまう。そんな中、天蓬の意味深長な顔を金蝉は訝しんだ。


「まだ何かあるのか?」

「あれ、知らなくてもいいことじゃなかったんですか?」

「……チッ」


不機嫌な態度を存分に晒した金蝉は、悪態をつきながらも天蓬の皮肉を流すことにした。白羅が追い出された、それだけのことを伝えるために、あの天蓬が言葉を投げた訳では無い。そう、金蝉は確信したからだ。案の定、視線だけで先を促せば、天蓬は表情を引き締めながら声のトーンを落とした。


「どうも李塔天は彼女にご立腹のようなのですよ」

「……なにか仕出かしたのか」

「さぁ、それは判りません。しかし、とある情報によると、ナタクの付き医者の任も解かれるのではないかという噂です」

「それは軍医に戻るということか?」

「いえ、それは無いですね」

「じゃあどういうことだ」

「……彼女、かなり危ないですよ」





***



「白羅よ、此度はナタクの為に尽力し、よくやってくれた」

「……いえ、私は先の処置をしたまででございます」

「ほう、それはナタクの側付きを外したことへの皮肉か?」


机に肘を付き、優越感に浸るように嗤う李塔天は、白羅をまるで余興の一幕であるかのように、この茶番とも言える舞台上へと押し上げる。舞台はいつも整えられ、気付いた時には身に覚えの無い台本通りに踊ってしまっている、そんな恐ろしい舞台の上に、白羅は立たねばならなかったのだ。


「そう身構えるな。お前のナタクへの献身は賛辞に価する、と素直に労っているだけだ」


その言葉の裏に隠れているものは何だろうか。白羅は、やけに好意的な李塔天に心をざわつかせながら、小刻みに震える自分の手を強く握り、李塔天の次の言葉を待った。


「ナタクを助けた功績は大きい。ついては褒美をやろうと思うておるのだが……さて、何がよかろう?」

「褒……美……で、ござい、ます、か……」

「ふむ、そうだな。あれをやろう」



白羅は、嫌な汗と急速に自分の身体が冷えていくのが判った。一瞬で鋭く研がれた李塔天の視線の鋒。それにいつ突き刺されるのかと息を潜めるよりも、いっそのこと一思いに突き刺された方が楽なのではないかと思うほど、この李塔天という男の視線は鋭い。その先に立たされている白羅は、李塔天の言う褒美が、白羅を縛る枷であり、自由を奪う檻であろうことは判りきっていた。


「良く出来たあの"暇潰し"とやらを、またさせてやろうではないか」

「それは……」

「お前にとっても悪い話ではないだろう。しかし、この城では些か不都合ではあるな。……うむ。白羅よ、この際に城下に場所を用意してやろう。それならば城では大っぴらに出来ぬことでも、城を降れば邪魔立てする者も居らぬ。好都合であろう?」

「お、お待ちください。それではナタク様は」

「判っておる。お前はナタクの付き医者だ。しかし、言うなれば医者でしかない。我が息子に今更子守りは不要であろう?大事があった際にだけ、その医者としての役目を果たせばよい」

「なんと……いう……」

「ナタクが万全になった後、お前は存分にあの"暇潰し"に興じるといい」


どれだけ体温を奪われれば痛みを感じなくなるのだろう。呼吸をする度に身体が冷えていき、震えが止まる気配は無い。
いっそのこと、気が触れて喚き散らしてしまえればどれだけ楽か。ナタク付きの医者とは名ばかりになり城下に降りれば、時を見計らって李塔天の手の者が送られてくるのだろう。何も成し得ていないまま、出口の無い道すら選べず潰えてしまう。

言葉を失ったまま、どこをどう通って来たのか、気付けば破壊されたあの画面の前に白羅は座っていた。自分に残された手も時間も僅かの今、この天界は悠久では無かったのかと悔しさが募る。悠久の時であるからこそ、この身が在りさえすればやり遂げられると思っていたなど、なんと目出度い頭だったのだろう。

ナタクを、年相応に振る舞うナタクを、見守っていたかった。


一滴の涙を手の甲で払い、白羅は己の道を選ぶ。過ちは正すべきであり、罪人は裁かれるべきである。あの時、罪の重さに膝を付いてしまう前に、最初からこうすべきだったのだ。どの道も、今となっては自ずと知れた浅はかな道であるのは百も承知。それでも白羅は選ぶのだ。全てを正してくれるであろうお方へと続く道を、その身にかけて選ぶと決心したのだ。


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