不退転の決意
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身構えながらの報告は、予想外なことにも呆気なく済み、白羅はほっと息を吐く。何の牽制も無いことが不自然なほど、恙無く対面を終えた白羅は、ナタクの部屋へと続く回廊を足早に進んでいた。
時折すれ違う人から好奇な目を向けられるが、今に始まったことでは無いと気にも止めず歩いていると、前方から金色に包まれた不機嫌な双眸が近付き、ナタクの部屋の方を指差す。
「ちょうど良かった。あいつ、来てんだろ」
「申し訳ありません。断りも無く───」
「いや、いい。それより、ナタクはどうだ?」
「……お陰様で今のところ大事には至っておりません」
「そうか」
そんなやり取りを交わしながらドアを開けると、ベッドで眠るナタクの手を握り締めたまま、寄り添うように眠る悟空の姿があった。
弱った姿というものは、見せるのはもちろん、見る方も辛いものがある。意識を失ったナタクも然り、思わず悟空の手を借りてしまったことで、悟空には避けられたであろう不安や心配を課してしまったことを白羅は心底申し訳なく思うと同時に、一も二も無く手を差し伸べてくれたことに感謝した。
「悟空のおかげで本当に助かりました」
「あいつがそんなこと聞いたら調子に乗って毎日押し掛けるぞ」
「それはナタク様も喜びましょう」
金蝉は悟空をそっと起こし、わざとらしく溜め息をつく。悟空に向ける穏やかな笑みを隠すように、金蝉は悟空の頭を乱暴に撫でた。労いや慈しみの籠った金蝉の手を、悟空は寝惚け眼で受け取っているのが微笑ましくて、白羅もつられて口元が緩む。言葉にせずとも確かな思いが、ここには溢れていた。
金蝉と悟空を見送った後、ベッド脇の椅子に腰を下ろした白羅は、静かにナタクを見守り続けた。そして、これからの事を思案する。
李塔天から突き付けられた三つの道の先にナタクを見出だそうとするも、結局の所、どの道も行き着く先は同じだ。李塔天に忠誠を捧げたとて、白羅に忠誠心など無いことを一番理解しているのは李塔天だ。ナタクの付き医者として在ることは許されるだろうが、飼い殺され、いずれ悟空を手に掛けるよう命を下されるのは明白だ。悟空を手に掛けるなど言語道断。けれど、その命を断った暁には白羅は不必要と判断され、即刻切り捨てられる。むしろ、白羅を切り捨てる大義名分のためにその命を下すのだろう。最初から絶対的な力関係が存在しているのだ。李塔天にとって白羅の沙汰など一興に過ぎない。
しかし、そんなことよりも恐ろしいのは、ナタクにその命が回ってくることだった。李塔天に命じられればナタクは従う。内に感情を押し込めても従うのだ。理不尽で非人道的な命令でも、刷り込まれた服従関係によって抗えない。無意識下でも従ってしまうナタクを思うと、白羅は胸の痛みと苦しさに押し潰されてしまいそうになるのだ。
この城を去るという道も、見たくないものを見ずに逃げ去る。償いきれない罪の重さに耐えられず逃げ去る。ただ、全てから逃げ去るだけだ。それもほんの一時だけだろう。直ぐに李塔天の手の者に屠られる、単なる無駄死にだ。
どの道この道、入口は三つでも出口はひとつ。否、入ったら最期、出口など無いのだ。それを判っている李塔天はさぞ愉快なことだろう。しかし、最初から出口が無いのなら、自ら作ってしまえばいいのだ。這いつくばってでも、この身が崩れ落ちようとも、針穴ほどの出口なら。
未だ目覚めぬナタクの手を握り、白羅は呟く。
「ナタク様、その時がきましたら迷わず闘神太子としての権限を、私に」
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