扉が隔てる境界線

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今宵の薄く広がる月明かり。それは歩くのには少し心許ないが、独りで考え事をするには最適な夜だったろうに───と白羅は小さく息を吐いた。


しんと静まり返った天帝城を一瞬だけ見上げ、生い茂った木々の中へ吸い込まれるように、白羅はその朧気な月明かりからすらも身を隠すように足早に歩を進める。小枝を踏む度にその音が反響するも気にも止めず、木々に囲まれた小屋のドアの鍵を、何の迷いもなく開けた時───。
「止まれ」という鋭い声に呼び止められる。
白羅は静かに振り返り、声を発したであろう男を見やるや否や、有無を言わさぬ言葉が白羅に浴びせられた。


「その部屋の中を改めさせてもらう」

「……何故、とお聞きすることは叶いますでしょうか?」

「悪いがその問いに答えろという命は賜っていない。───行け」


男が顎で指示をとばすと、男の脇から数人が小屋の中へと入っていく。その様子を白羅はじっと見つめているのだが、男は白羅の妙に落ち着いている佇まいが訝しく、その横顔に声をかけた。


「ここへは何をしに?」

「仕事でございます」

「ここでの仕事、とは?」

「薬湯を煎じたり、薬草を調合しております」

「何故わざわざこの場所で?」

「薬草には独特の臭いがございますから」


男は白羅を苛立たしく思った。いま目の前に居る白羅は、飄々と、ただ聞かれたことだけにしか答えず、隙という隙が全く見えない。罪人というレッテルはおろか、瑕疵など微塵も感じてはいないような堂々たる存在感があり、男は内心で悪態をついた。李塔天に聞いていた人物像とはまるで違い、本当に同一人物なのかと疑いたくなるほどに、見透かした上で甘んじているのだと暗に伝えているような、白羅がそんな目をしているように思えたからだ。

程なくして小屋の検分を済ませた者達が戻り、その報告を受けた男は案の定といった顔で白羅に目を向ける。お互いに視線を反らすことは無く、胸の内を覗こうとするかのように見つめ合った。


「時間を取らせた。仕事に戻っていい」

「ありがとうございます。───竜王敖潤様」


思いもよらず名を呼ばれた男は僅かに目を瞠ったが、白羅は確かな足取りで小屋の中へと姿を消した。


見たものを信じ、見たままを受け入れる。先入観に足元を掬われるのは西方軍最高責任者としてあってはならない。彼女の認識は、今この目で見たままで改めるべきである。


彼女が罪人であったことは周知の事実として語られているが、彼女自身がそれをどう思っているのか。
全てに萎縮し、大罪に苛まれていた姿が自分の知る彼女であったが、今対峙した彼女の姿とはどうやっても重ならない。単に、実際にはどんなに極悪非道な事にも罪悪感すら覚えない真の悪人なのだろうかと思えるほど、彼女は堂々たるものだった。


そこまで考えた敖潤はふと違和感を覚えた。
向かい合った彼女の瞳は揺るがず、わざわざ名を呼んでみせてはさっと身を隠す。何の意味を持つのかは定かではないが、彼女は警戒を警戒していると黙示したのではないのか、と竜王敖潤は思ったからだ。



***




真っ暗な地下通路を燭台からの灯りで進む。コツコツという靴音が反響するだけの通路は城の地下に複雑に張り巡らされているのだが、白羅にとっては小慣れたものだった。通路を数分進み、目を凝らしてとある壁の窪みを探る。カチッという何かが噛み合う音が聞こえると、壁がくるっと回転した。その壁に背を合わせて一緒に回れば、上へと続く階段の前に出られるのだ。


燭台の蝋燭の火が消えないように、そして万が一にも人の気配がしたのならば直ぐに火を消せるように、白羅は淡く灯る蝋燭の火に手を添えながら階段をのぼる。やがて天井が近付き、そこに手が届くようになると、白羅はその天井板を思いっきり押し上げた。



押し上げた時に生じた僅かな風で、蝋燭の火は消えてしまった。しかし何と言うことは無い。何しろここはあの部屋なのだ。幾年も幾年も画面に向かっていた、窓辺からはあの桜の木が見える、あの檻の中なのだ。


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