扉が隔てる境界線
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「なぁ!なぁ!あそこに白羅がいる!」
いつもの如く桜の木の下で宴会の真似事をしていると、突然悟空が無邪気な声を上げた。その声につられて目を凝らすと、確かにあの窓辺の中に白羅の姿が見えた。淡い蝋燭か何かに灯された部屋に、ここ最近ぱたりと途切れていた彼女の姿を偶然にも確認でき安堵しつつ暫く様子を眺めていた面々は、ふと彼女の様子がおかしいことに気付いた。
懸命に何かを運び、積み上げているのだ。一体何をしようとしているのか。こっそり近付いてよくよく覗いて見れば、木製の机に椅子を乗せたその上に白羅が乗り上げ、天井に向かって手を伸ばしている。しかしまだ高さが足りないのか、書類入れとみられる箱を二つほど重ね足した所で、慌てて皆で駆け寄った。
「何やってんだ!?」
誰の声とも言えない声が響いたが、その声が届く前に部屋は暗闇に包まれていた。つい先ほどまでそこに居たであろう白羅の姿は無く、天井への不安定な土台らしきものがあるだけで、四人は顔を見合せた。
「天井裏、に何かあるんでしょうか、ねぇ……?」
さすがの天蓬も焦ったようで、言葉とは裏腹に顔を引きつらせている。それは思いの外、彼女が土台にしたとみられる積み上げていた物の高さと不安定さに驚愕してしまったからであろうことは疑う余地も無かった。
「……なぁ、あれってドア?」
天蓬をぐいぐいと押し退け、目を凝らして窓から部屋を覗き込んだ捲簾は、部屋の奥の本棚の奥に重厚な扉があることに気付き声を上げる。それは部屋には似つかわしくない、どこか薄気味悪ささえ漂ってきそうなドアだった。
「お前、この暗さでよく見えんな」
「夜目が効かなきゃ夜の蝶は捕まえられないでしょ。ま、金蝉サマには関係無いか」
「……うるせぇよ」
そんなやり取りをしている内に、天井板が動く音が聞こえ、四人は咄嗟に屈んで身を隠した。勝手に部屋を覗き見していた疚しさもあったが、白羅が何をしているのかという好奇心が働き、四人は気付かれないようにと息を潜める。
しかし、あの不安定な土台を足場にするのだろうかという一抹の不安。それを同時に感じて四人は瞬時に窓に張り付くと、まさにその瞬時にガタンという盛大な音が響いた。
「おい!大丈夫か!」
焦った金蝉は思いっきり窓を叩く。覗き見していた罪悪感はあっという間に吹き飛び、木製の机を残して崩れた足場を見て金蝉はゾッとする。尚も窓を叩くが中からの反応も無く、この際やむ無しと金蝉は手近にあった石で窓硝子を一思いに叩き割った。その迷いの無い大胆さに、他の面々は呆気にとられたほどである。しかしそんな面々に構うことなく、金蝉は派手な音を立てて割れた窓硝子から手を入れて鍵を開け、部屋の中へ飛び込んでいった。
当の白羅はというと、天井から何とか下りたものの、その時に積み重ねた椅子に体重をかけすぎたせいで足場が崩れ、それに驚いていただけだったのだが、その時に物凄い形相で窓を叩く金蝉を見て言葉を失ったまま固まってしまったのだ。まさに茫然自失という言葉通りに。
「おい、怪我は?」
金蝉にそう問われても、白羅がこの状況を把握するには、もう少し時間を有した。
***
「……で、お前は何であんな危ねぇことやってたんだ?」
「お騒がせして申し訳ありません。大したことではないのです」
窓から侵入した四人は、白羅に隣の部屋へと促されソファーに座った。そこで一息つく暇もなく金蝉が口を割る。いつもの如く明言を避ける白羅に金蝉が苛立ってしまうのは、どこか疎外感が漂うからだ。
金蝉は、何か面倒事に自ら首を突っ込む事になるかもしれない、だからこれ以上は止めておけ、と警笛を鳴らしている今までの自分と、それに相反している自分とで今ひとつ踏み込みかねている。しかしそれは金蝉に限った事では無く、天蓬と捲簾も似たようなものだろう。だが、悟空だけは違った。
「大したことじゃないなら教えてよー」
躊躇いがないのは純粋故だろうか。深追いとは、相手との関係を築く上で時として会心の一撃ともなるが、同時に痛恨の一撃にもなり得る。しかも、今の信頼関係では後者の方が極めて優勢だ。金蝉が近付きたいと思うようになっても二の足を踏むのは、白羅に拒絶されてしまう事が一番恐ろしいからであり、だからこそ乱脈を極めているというのに。悟空は難なくそれを飛び越える。
その曇りの無い悟空の眼に白羅が苦笑すると、自然と間が縮まったような気がするから不思議なものだ。
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