扉が隔てる境界線

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時間の許す限り画面に向かっていた白羅は、ノックの音に振り返った。どうぞ、と返事をする前に開け放たれたドアの前には、観世音菩薩が悪戯な笑みをして立っていた。


「住み心地はどうだ?」

「おかげさまで快適です」


嘘偽りなく答えた白羅に、観世音菩薩はククッと笑い声を上げたと思えば、その後ろから大きな荷物を運び込む面々が雪崩れ込んできた。


「あ、あの、これは……」


腰までの高さの収納棚、丸テーブルに椅子が四脚。簡易コンロなどなど。この場所に似つかわしくないものが次々と運び込まれている。しかも、それを運んでいるのは金蝉、捲簾、天蓬、悟空とあっては、白羅は大いに戸惑ってしまった。


「か、観世音菩薩、さま……?」

「こいつらはただの荷物運びだ。それ以外の何者でも無い。───いいな?」


ここは紛れもない収監部屋のひとつ。監視しておかなければならないような人物が使う部屋だ。そのような一室に、全くもって相応しくない面々が勢揃いしたのである。白羅が戸惑うのも致し方無い。そればかりか、観世音菩薩は白羅に口を開くな、黙っていろ、と命じたのである。


「その箱にお前の部屋から持ってきたお茶セットがあるだろ?」


収納棚の上に乗った箱を顎で示す観世音菩薩は、白羅にお茶を用意しろと無言で命じる。未だ呆気にとられている白羅は訳もわからず、しかしながら自然とお茶の準備をしてしまうのは、従うことに慣れている故にだ。


設置したばかりの丸テーブルに、観世音菩薩をはじめ、金蝉、悟空、捲簾、天蓬が座している。白羅はそれぞれの前にお茶を並べ、その傍らに静かに立つ。一体これはどういうことなのか。そんな白羅の疑問などお構い無しに、観世音菩薩はお茶を啜る。


「……相変わらずクソ不味いな。そしてお前らはその茶飲んだら出て行け」

「まさか本当にコレだけなのか?」


出て行けとの言葉に眉を寄せて金蝉がそう呟くと、観世音菩薩はすっと目を細めた。途端、その場はピリッとした緊張感に覆われ、それは白羅が無意識のうちに腕を擦ってしまうほどの空気だった。


「お前らはただの荷物運びだ。そういう約束だったよな?」


いつもの軽口とは違う観世音菩薩に、その場の皆が息を飲む。ここから先は安易に踏み込む場所ではない。観世音菩薩でさえ相当な覚悟で臨んでいるのだ。我が身が可愛いと思う内はここまでだと、観世音菩薩は明白な境界線を示した。


「ここではこれが限度なんだよ。判ったらさっさと出て行け」


白羅は観世音菩薩の言葉に俯いていた顔を上げ、無言で灰色のドアへ向かって歩く。そしてドアノブに手を添えてからテーブルについている面々を見渡した。ここへこうして来てくれたということは、どこかで気に掛けてくれていたんだろう。それが善意であるか悪意であるかなどは、白羅にとっては些末だ。ただ、最後に会えて良かったと、口に出来ない感謝と別れを胸に抱いた白羅はドアを開けて頭を下げた。

捲簾が通り過ぎ、続いて天蓬もドアの向こうへ歩いていく。近付き離れていくその足元だけに視線を落とし、白羅は頭を下げたまま見送る。次に近付くは悟空だった。白羅の前で少し足を止めたが、拳をギュッと握り締めて部屋を出て行き、その直ぐ後には金蝉が続いている。ゆったりとした足取りで近付き、白羅の前を通り過ぎる瞬間、『美味かった』と、囁きよりも小さな声を落として出て行った。


白羅は顔を上げる。ここから先は針山の道。この灰色のドアを閉めたら最後なのだと、背後に感じる観世音菩薩の視線が語っている。未練など無い。あるのはいつだって罪だけだ。

二度と繰り返されないように、このような罪を犯した者は凄惨な末路を辿るのだと、見せしめられれば本望だと、白羅はしっかりと灰色のドアを閉めた。


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