旅支度
(2/7)
普段から俯いて歩いているからだろうか。夜通し働いた後に見る朝陽はなんとも眩しい。その眩しさに目を細め、いつものように息を吐いた。
今日もなんとか、この身一つで生き延びた。
この安堵感を噛み締めながら、わたしは毎日家路を辿る。そして、明るい太陽が昇っている間に眠りにつく。そんな日々を繰り返していた。
しかし、そんな中にも例外はあって。月に一度、アパートのドアが今にも壊れそうな程叩き付けられる。
「なまえさーん、居るんでしょー?」
わたしはノロノロと給料の入った封筒を掴みドアを開ける。ドアを開けなければ生きては行けないと、ずっと昔に学んでいるからだ。
「集金でっす!」
ドアを開け、そう言いながらいつもの様に封筒を奪い取り、たっぷりと時間をかけてお札を数えていくこの男は、見た目は気の良さそうなお兄ちゃんだが、返済が少しでも滞ると豹変する。
「はい、確かに今月分ね。本当、体ひとつで稼げる女は楽でいいねー」
男は領収書をきり、そう残してさっさと帰っていく。その男の後ろ姿を、わたしは忌々しく見つめながら力任せにドアを閉めた。
簡単に言わないでよ。
悪態つくも、独りのわたしに返ってくる声は無い。
……できるもんなら抜け出したいよ。
『抜け出させてやろうか?』
不意に背後から聞こえた声に身を堅くする。有り得るわけがないのに。わたし以外には誰も居ないし、何より口に出していないのに、どうして背後から、わたしの心の声に答えるように声が聞こえたのか。
わたしは恐る恐る振り返る。
するとそこに、髪の長い女が威圧感たっぷりな目でこちらをジッと見ている。
よく見れば女の象徴である双丘が透けているが、隠しもせずに佇んでいる。
「……誰?」
「観世音菩薩。またの名を神。だから茶ぐらい出せ。罰あてるぞ」
明らかに不審者であろうこの自称神。それでもお茶を出してしまったわたしは縋りたかったんだろう……。
『抜け出させてやろうか?』というこの人の言葉に……。
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