やがて、朝
(6/6)
トントンと軽快な音を立てて、まな板の上には綺麗に形の揃った野菜が乗る。
「なまえ、手際がいいですね」
「ま、一人暮らしが長かったからね」
以前なら卑屈になってしまいそうな台詞も、今のなまえはさらりと言ってのける。
「随分と進歩しましたね」
「図太くなったんだよ、きっと」
昔のなまえと重ならない。心の中への入り口が少しずつ広くなっていく。
「三蔵のお陰ですね」
八戒は嬉しくも羨ましくもあり、そんななまえを誘導するかの様にわざと『三蔵』の名前を出した。
「……やっぱり八戒は手厳しいな」
苦笑して見上げるなまえにとびきりの笑顔を返し、八戒は本題に入る。
「ええ、ですからちゃんと話して下さいね?」
そう言いながら朝食の準備を終えた八戒は、いつの間に用意したのか両手にコーヒーの入ったカップを持ちながら、部屋のテーブルへとなまえを急かす。
しかしそれからなまえが口を開いたのは、香ばしい香りが部屋一杯に広がってからだった。
「あの……さ、わたし……」
「なんです?」
「その、眠れる……かも」
八戒は目を細めて静かにコーヒーに口を付けた。なまえの大きな一歩を一人噛み締めながら。
「それで……、あの、わたし……さ、三蔵が……」
「なんです?三蔵がどうしました?」
「えっ、や、やっぱりいい!!」
「なまえ、流石にそこまで聞いたら流せませんよ?」
「いや、でも……わたし……」
赤ら顔で俯く程に純粋ななまえは、あの様な過去にどれ程の苦痛と凌辱を強いられてきた事か。
それでも、彼女は人を求めた。得られないと解っていながらも、何年も何年も、夜に怯えてしまう程に拒まれ裏切られても、どこかに愛があると信じ続けた。
「なまえは……、三蔵の事が好きなんですね」
「えっ!?あの……、えっと……」
「バレバレですよ」
大丈夫、きっとそこに在ります。夜に怯えず眠れる場所も、きっとそこにありますから……。
そう心の中で呟いて、小さく小さく頷いたなまえに八戒は微笑んだ。
「なまえ、三蔵は気が短いですよ?」
八戒は、そう言っては綻んだ口元を隠す様にコーヒーカップに手を伸ばした。
──本当にバレバレですよ、二人共。
.
173/180←|→
List|Top|Main