覚悟はできてんだろうな
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カーテンの隙間から朝日が漏れる宿の一室には、大層不機嫌な玄奘三蔵と、気持ちよさそうに寝息を立ててベッドで眠る異世界人のなまえの姿があった。真っ黒だったページを破られ、あの手帳が真っ白になった夜。絶対的な安心感を与えてくれる、三蔵の腕の中という場所を見つけたなまえは、夜に怯えることなく眠りにつくことが出来るようになったのだ。
この日もなまえは三蔵の隣で穏やかな夜を過ごした。なんの不安もない、優しさに包まれた夜。三蔵の腕の中という温かな場所は、なまえにとって何よりも信頼している場所なのだ。
しかしその一方、玄奘三蔵はと言うと少し話は違ってくる。もちろん、なまえがこうして夜に眠ってくれるのは、長いこと旅をしている間中に願っていたことなので大変喜ばしいのだが、如何せん玄奘三蔵法師と言えど、彼は健全な成人男性なのだ。なまえと出会う前ならば、この玄奘三蔵法師には健全と潔癖な、という枕詞がついたであろうが、現在はそんなイメージをつけられるのは全くもって不本意だとばかりに、いろいろなものを夜毎耐え凌いでいた。
「マジでムカつく」
「……う、ん……さんぞ……?」
溜め息と共に吐き出した言葉は、なまえの寝ぼけ眼に呆気なく弾かれ、いつの間にか立場が逆転した現状に降伏する日も近いのかもしれないと、三蔵はなまえが眠りにつくたびにそう思った。
「眠れたか?」
「う、ん……よく、寝た……」
腹の中とは裏腹に優しくなまえの髪を梳かすと、未だ現のなまえにほとほと呆れる。こいつをどうしてくれよう。三蔵はまだ覚醒しきれていないなまえに向かい、心の中を吐露するかのように静かに挑戦状を叩き付けた。
「今日はもっとよく寝かせてやる」
いつもいつもアホ面で気持ちよさそうに寝やがって、いい度胸してんじゃねぇか。三蔵がそんな思いを尾首にも出さずにそう宣言すると、なまえは眉根を寄せてベッドから起き上がった。大きな瞳は胡乱気に三蔵に向けられたが、なまえが言葉を発する前に三蔵はなまえの唇を塞いだ。
「起きたならさっさと準備しろ」
「……なんかよくわかんないけど……とりあえずわかった」
わかんねぇのはこっちの方だと喉元まで出掛かったが、三蔵はそれをグッと飲み込む。準備のためにシャワールームへ向かうなまえの背中を射抜くような目で追い掛けながら、それとは別の言葉を口にした。
「覚悟しとけよ」
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