ただの下忍です
(9/9)
本当ならば、あの依頼人を無理矢理にでも安全な道を行かせたい所だが、どうしてもこの先に行かなくてはならない理由があの人にはあった。
「なまえ、なるべく湖の方から離れるよ」
「了解。……まったく世話のやけるおじいさんだね」
なまえはとても柔らかな笑顔を浮かべて言う。そして高い位置で結われた髪を風に揺らし、右手奥の湖に視線を移した。
「誓いの花……か」
盗賊達がよく出没するようになってから、一般の人からは幻の花と呼ばれる様になった花は、俺の掌ほどの大輪を咲かせる。
綺麗な水辺にしか咲かず、この辺りではこの湖の周りだけにしか咲かない薄紅色の花は、婚儀の際に贈る誓いの花と呼ばれているのだ。
その花を、あの依頼人はどうしても持って帰りたいのだと言う。
「あそこまで引かないんだから相当なもんだよね」
首にかけられた長い年月を感じさせるお手製のお守り。それをずっと握り締めている依頼人は、どうしても今日という日にあの花を持って帰りたいのだそうだ。
護衛をしていた二人にそんな話を聞いたもんだから、俺達は何も言えなくなってしまった。
「ずっと想い想われ続けるなんて羨ましいね」
戦闘の準備を整えたなまえが呟く。そんななまえの横顔に向かって溜め息をひとつ。
「そうだね……。さっ、そろそろ行くよ」
「了解」
ずっと想い想われ続けるのが羨ましいのは勿論だけど、例え一時でもお前に想ってもらえるなら幸せだと思う。
……なんてきれい事を浮かべ、俺達二人は飛び出した。
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