第2話
 勉強とクィディッチ練習とライバルの情報収集に打ち込んでいるうちに、あっという間に12月になった。
 ホグワーツで過ごす二度目の冬が来ている。

 さっむいさっむい。

 私はぐるぐる巻きにしたマフラーへ顔を埋め、毛糸の帽子を耳まで引っ下げた。
 冬用のコートを着込んで熊みたいなった私は、同級生より一足先にパティと天文台へ向かう。
 今夜はグリフィンドールと天文学の合同授業だ。天文学の授業は毎週水曜日の夜中に課外で行われ、12月になっても変わりない。むしろ冬だからこそ星空が澄んで、先生のやる気が増す。
 凍えながら冬の夜空を観測するって何かが間違ってる。談話室とか人通りの多い廊下は暖房魔法がかけられているんだけど、ホグワーツの端っこの方に行くと外の寒さが染み込んでいた。
 私は悴んだ指を包むふわふわの手袋で、箒を取り落とさないようにしっかりと握る。

 そう。箒だ。箒こそが教室にいち早く行く理由だ。
 初試合を終えてからというもの、私は箒を手放さなかった。だってね、箒が離れたがらないんだ。どの授業に行くのも一緒だ。
 杖は毎日握るくせに箒を放ったらかしにする魔法使いの多いこと多いこと。箒だって魔法使いの大事な相棒だ!

 最初は先生に注意されたけど、あらかじめ持ち込んで机の下に隠しておけば案外バレないということに気付いた。だからこの一ヶ月、私は1番に着席する優等生になることにした。

 震えながら天文台に着いた。天文台への扉を開けたとたん、びゅおおおおと冷風が吹き抜けていく。夜中の天文台の寒さはヤバい。

「さみーー!」
「…………」

 私とパティは扉を閉じて城内に引っ込んだ。いや、ムリムリ、天文台に出て待つとか無茶すぎ! いよいよ寒すぎる!

 廊下の柱の影にふたりで収まる。私は懐中時計をコートの中から引っ張り出す。

「授業まで十五分かー。やっぱり天下のレイブンクロー生でも冬は皆ギリギリで来るんだな」
「……」
「付き合わせてごめんな。今度からはひとりで先に行くよ。五分前になったら出よう」
「…………」
「今日の授業ってさ、一時間ごとに星の位置を書き込まないといけないんだろ? 寝る自信しかないよ。すやっすやだね」

 話を聞いているのか定かでなかったパティはゆっくりと拳を振り上げて殴る仕草をした。殴り起こしてくれるらしい。二発、三発と拳が動く。いやそんなに激しくしないで。気絶する。「一発で良いよ」と言うと彼女は不思議そうに首を傾げた。
 私はそんな彼女に箒を抱え込んだまま擦り寄る。

「なー。あったかい呪文知らない?土曜日はグリフィンドール対スリザリンなんだよ〜〜寝込んで見れないなんてあっちゃいけないんだ」

 クィディッチを見逃したら悲しみで再起不能になる。ジェームズ・ポッターの飛びっぷりをどれだけ楽しみにしていることか。

「……イザベルが……」

 パティが幽霊のようにか細い声を出した。重たい前髪に隠れて表情が見えない。嘆きのマートルと良い勝負なゴーストっぷりだとレイブンクローでは噂だ。

「……風邪引いたところ……見たことない……」
「おいおい、私たちが一緒に暮らし始めてまだたったの一年と二ヶ月だよ。私のなにを知っていると言うんだね」
「……馬鹿……」

 馬鹿ってなんだよ。
 抗議しようとしたら、「くくっ」と廊下の向こうから笑い声がした。

「馬鹿は風邪を引かないという迷信のことですね」

 現れたのはレイブンクローの薬学マニア、ロバート・アッカリーだった。勤勉の権化のような彼は、濃紺のコートに身を包み眼鏡を冷たく光らせている。
 ロバートがくいっと眼鏡の弦を押し上げた。

「イザベル・ワドコックとパトリシア・パーキンス。十分前行動とは良い心掛けですね。しかし天文台へ出ないと授業準備になりませんよ」

 授業準備ぃ?
 何言ってるんだこいつ。

「僕は先に行ってます。まったく皆さん、寒いからと言って授業前に空を見て予習しないなんてレイブンクローの風上にも置けない」

 くどくどと言いながらロバートが外へ出ていった。
 私とパティは無言で彼を見送った。悪いけど私たちもレイブンクローの風上にも置けないタイプの生徒なんだ。

 私は気を取り直してパティに話しかけた。

「グリフィンドールの試合と言えばさ。ジェームズ・ポッターに関する噂を集めてみたんだ」

 ピンと指を立ててくるくると宙をかき回す。私は頭の中から記憶の糸を巻き出すつもりで話し出した。何事もイメージが大事ってね!

「まず基本情報な。くしゃくしゃの天パと丸眼鏡。異端児シリウス・ブラック、優男リーマス・J・ルーピン、影薄いピーター・ペティグリューとつるんでいる。悪戯をしたり授業で騒いだりするお調子者。ポッター家は薬で一発当ててる金持ちで、純血。本人は高齢の両親に可愛がられてる金持ちエリートな一人息子」

 うーん、と一息入れて私は「実に小憎らしい肩書きだ」という個人的な感想を述べた。珍しくパティが力強く頷いていた。パティ、もしかしてジェームズ・ポッターのことあまり好きじゃない? 集めた噂によるとジェームズ・ポッターは非常に騒がしい少年らしいので、静かさを好むパティにとっては近くにいると頭痛がしてくるタイプなのかもしれない。

「そう、性格。これが語る人によって落差が大きいんだよなー」
「……あのひと、うるさい……」
「やっぱりパティはそっち派か。スリザリンとレイブンクローからは『粗暴で自分勝手。目立ちたがり屋でうるさい』って言われてるんだよな。反対にグリフィンドールやハッフルパフからは『明るく元気で面白い、頼りがいのある。調子に乗りやすくて騒がしいのが玉に瑕』。
 ……うん? つまりうるさいのは共通してるのか」

 まぁうるさいとは私もよく言われるので人のことをとやかく言えない。パティも実は私のことおしゃべりでうっせーやつって思ってる? だったらショック! だけど嫌ならパティは静かに立ち去る子なので、隣に居てくれてるってことはセーフってことだ! 
 えーっとあとはなんだっけ。家柄友達性格ときて……ああ、おつむの出来だ。

「成績はホグワーツでもここ二十年は見ていないほど天才的である、ってさ。まだ私たち二年生だぞ? 天才的ってなんだよって話だけどな。シリウス・ブラックとともに全教科で教科書以上の成果を上げる−−らしい」

 ジェームズ・ポッターもシリウス・ブラックも合同授業でよく聞く名前だ。毎回のように加点されている。
 私は鼻く*を飛ばす動作で人差し指と親指を弾いた。いやあちょっと*ソ喰ら思っただけだ。

「家柄抜群、性格陽気、成績優秀。そんなわけで彼らはホグワーツの人気者だってさ。私は天が二物を与えすぎだと思うね。−−特に成績優秀ってやつ! 私にくれ! 頭脳を!」

 憤然として立ち上がる。

「ちなみにシリウス・ブラックにはさらに『容姿端麗』が加わるんだ。やつら性格を除いてスーパーマンかよ」
「……人はそういう者を……ヴィラン(悪役)と呼ぶ……」

 私は吹き出した。ヴィラン呼ばわりしたらグリフィンドールが丸ごと烈火のごとく怒りそうだ。彼らは自分たちがヒーローで、スリザリンが悪役だと思っている。

 そのとき、突然声が響いた。

「ほら!こっちであってただろう!?」

 天文台へと続く扉と私たちがいる柱との間からだ。私はとっさに柱の影に引っ込んだ。

「ぜっったい近道があると思ったんだ!寮からこんなに離れた道を毎回歩くのが正解のルートなわけないってね」

 自信満々の生意気な声だった。こっそり柱から顔を出して様子を伺ってみる。薄暗闇でハッキリしないが生徒が四人いるみたいだ。
 どうやって現れた? 天文台へ行くには私たちの前を通らなきゃ行けないはずだ。あんな場所に近道があるのか……?

「さすがジェームズ、凄い! シリウスも近道はあるはずって言ってたよね」

 ジェームズ?
 まさかジェームズ・ポッターのおでまし?  次はグリフィンドールとの合同授業だし、噂をすればなんとやらってやつか!

「俺は右の方が早いんじゃないかと思った」
「でも賭けは僕の勝ち!」
「へいへい」
「今度はシリウスの言っていたルートを行ってみよう」
「リーマス、ナイスアイディア」

 四人はごちゃごちゃ騒ぎながら天文台の扉の奥に消えていった。
 ほほう……。あれが悪戯仕掛け人。
 ジェームズ・ポッターって問題児だと思っていたけど、勤勉のロバート・アッカリーと同じく早めに来る優等生とは思わなかったな。

「ポッターってロバートみたいに真面目なんだな。見直した」

 感心してうんうんと頷くと、隣から唸り声が聞こえた。
 どうした。





 私達はきっかり五分前に天文台に出た。ロバート・アッカリーが月夜でもないのに眼鏡を光らせているので、仕方なく星空を見上げて予習をする。天文台には私達と悪戯仕掛け人の他に5人程度の生徒がいた。

 ん?
 パティがつんつんと肩をつついてきた。
 白っぽい四角い布みたいなものを手渡される。

「ホットカイロっていう……、……マグルの……さっき渡しそびれて……」
「おおお……温かい……! マグルすげーー!」

 感動した。魔法じゃないのにこんな温かいのか。

 パティは代々の純血の魔法族なのに、マグルと血縁関係のある私よりマグルに詳しい。うちは母さん側のじーちゃんがマグルだけどあんまり家に居なくて、父さんは魔法界生まれ魔法界育ちだ。

 パティが使い方を教えてくれた。私は授業開始までひたすらにシャカシャカとホットカイロを振っていた。


 さて、授業が始まって早々にシリウス・ブラックの名が呼ばれた。

「ブラックがもう星図を完成させました。グリフィンドールに1点加点しましょう」

 まじ?
 こっちは半分も終わってないんだけど。予習してたにしても早すぎる。ミスター.ブラックは星空を暗記してるのか。尊敬する。

 私はシリウス・ブラックの脳内項目に暗記力のやべーやつ、とメモする。ライバルの側近だからな! データを集めるに越したことはない。おっ。今の考え方はレイブンクローっぽい。

 先生がゆっくりと生徒達のあいだを見て回る。真面目に課題に取り組んでいたつもりだったが、先生がパティの横を通った時、なにかに気付いたように目を細めた。

「ワドコック? 箒は授業に不要ですよね」

 げっ。見つかった。
 私はドキッとしながら「箒がないと集中出来ないんです」と囁いた。

「というか箒がそばにあると作業効率がやばいくらいグンッと上がるんです」
「ほお? では星図はもう完成しているんでしょうね」
「非常に美しく完璧なおおいぬ座が描けました。私にしては異例の速度です」

 予習しておいてよかったー!
 背中の冷や汗を知らんぷりして私は自信満々に描きかけの星図を先生に見せた。胡乱げに先生が確認するが、そこにはたしかにいつもより早く、いつもより正確に描かれたおおいぬ座がいる。先生は箒の効果を認めざるを得なかった。

「……ワドコックの箒の有用性はわかりました。しかし特別待遇はできません。以後、なにかを持ち込みたい際は事前に申告して可否を問うこと。箒の持ち込みは認めません。今日は見逃しましょう」
「わかりました!」

 先生はしぶしぶ見逃してくれた。親愛なる友ロバート! まじありがとう! 眼鏡最高! 私はレイブンクローの全眼鏡マン(眼鏡マンはたくさんいる)に感謝を捧げた。

 先生は見逃してくれたものの、巡回経路に私の横を組み込んだらしかった。箒を持ち込みやがったいけ好かねえ生徒の天文学の能をいっちょ見てやるよ、といったところだろうか。おかげで睡魔に沈むこと間違い無しだった観測課題にキッチリ取り組むことができた。

 グリフィンドール生のなかに船を漕ぎ出す頭が混じり出したころ(レイブンクロー生はみんなお目目ぱっちりだ)、珍しく目の冴えていた私はグリフィンドールの集団の中で、妙な動きをした者が居た気がした。
 私にプレッシャーを与えることへ意識が向いている先生は気付いていない。
 先生の背後でひゅ〜〜っと何かが空を切って登っていく音がして鈍い破裂音が響く。

 夜空に星が咲いた。

 星が咲く、というのも変な表現だけれど、ぱっと蕾が開くように大きな星型の光が天高く夜闇に現れたのだ。
 私は大口を開けて夜空を見上げた。眠りかけていた生徒達もハッとして星型の不思議な光を見上げている。暗順応した目を潰さない、暗い不思議な光だ。光で本物の星明りが見えなくなるはずなのに、なぜか星型の光は星空の織り成す鮮やかな色の展覧会をすこしも損なうことなく共存していた。
 私は冬の寒さも忘れて魅入った。

 なんの証拠もないけれど、犯人はグリフィンドールの悪戯仕掛け人たちだと思った。

 ……これまでも授業中に小さな異変が起きたことはあったけれど、異変が起きても、誰の仕業かなんて欠片も考えたことがなかった。
 こんなに綺麗な仕掛けは初めて見る気がする。空飛ぶこと以外に興味のない私が気付いていなかっただけで、彼らはこんなことをしょっちゅうやっていたんだろうか。

 怒り心頭の先生の声を聞きながら、単純だけど、スリザリン生が言うほど悪いやつらじゃないな、と思って私はこっそり笑った。




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