灯台へ到着したときには、道中にて出会った、とことん人の善意を無視し挙げ句の果てに溜息をついて立ち去ったあの腹が立つ根暗野郎のことは記憶から飛んでいっていた。うそだ、ほんのちょっぴり頭から離れない。腹たつけど、本当に悩みがありそうだったから。それが友達がいないとか、そういう悩みなのかは結局分からないけど。というか、もうこれから一生会わないかもしれない人のことを考えても意味がないのに。でもなんだか気になってしまう。どうして?分からない。なんだか不思議だ。

 灯台から見渡す海は絶景だ。地上では風の涼しさを感じることは出来なかったけど、ここでは海風をよく感じられる。心身ともにリフレッシュしてから、私は灯台を出ていとこの家へと向かった。

 今日はいとこの家で、お昼ご飯を一緒に食べさせてもらうのだ。いとこの家といっても、徒歩10分でお互いの家があるという驚異の近さだ。

 みんなのお母さん的な存在である私より歳が1つ上の長男に、小学校入りたての次男、幼稚園年長の三男に、年少の男双子、そして3歳の長女という大家族であるいとこの元に遊びにいくのは毎日飽きないのだ。学校のない休日は、こうやってご飯も一緒に食べさせて貰いにいくほど仲も良い。

 チビたちと絡めば楽しい、その上それだけで日々の疲れも飛んでいく、一石二鳥なのだ。今日もいっぱい遊んでやろう、暑さなんて吹っ飛ばすくらいに!

 なんて、意気揚々といとこたちに会いに来た私の目の前に現れたのは何と、あのいやに頭から離れられなかった根暗野郎な彼だった。別れてから(というか、彼が去ってから)およそ30分後のことだった。

 再会して感動の欠片もなけりゃ、一切の嬉しさもありゃしない。


☆ ☆ ☆



「……」
「……」
「な、なんで、あんたがここに…」

 せっかく海風に当たってリフレッシュして、こやつのことをほーんのちょっとだけ忘れていたのに。というか、嫌な思い出はほとんど忘れていたというよに。つい30分ほど前のフル無視された出来事を思い出す。最悪だ。それに何せ、気まずい。

 しかしそうは言ってられない。

 彼が、この私のいとこの家の前で、腰掛けている。この状況を把握することがまず先だ。なぜだ。返事を待つ――が。

 もちろん、彼は口を閉じたまま私を眺めるだけだ。しかも、心なしかうんざりしたような表情にも見えるのは私の見間違いだろうか。いやそんなわけ無い。…なんなんだ。なんなんだ一体。怒りに似たような感情がふつふつと煮えたぎる。
 もう一度、彼に言葉を投げかけようとしたその瞬間だった。

「あーーー!姉ちゃんだあ!!」
「ほんとだあ!」
「おかえり姉ちゃんん!」

 キーン、とした高い声が響き渡ったかと思えば嵐のごとく現れたのは、いとこであるチビ5人たちの姿だった。私を見つけるなり、飛んできてはダイブするかのように大ジャンプして抱きついてくる。みんな体も小さいから、5人一気に腕の中に抱え込む。持ち上げることは、お兄ちゃんみたいに力持ちじゃあるまいし出来ないけれど。

「おかえりじゃないでしょ、もう」
「でも、おかえりだもん!」
「姉ちゃん、遊ぼ遊ぼ!さっかあ!」
「さっかあ!」
「分かった!分かったから!その前に、姉ちゃんお腹空いたなぁ…」
「おれもおれも!」
「あたしもあたしも!」
「お腹ぐうって鳴った!」

 ぐうっ、て。ぐうっ、て。思わず顔がにんまりと緩む。なんて可愛さなんだろう。すると、「そろそろ飯できっぞー!」と家の中からチビたちのお兄さまの声が聞こえた。どうやら彼は、私が既に家に来たことをご察知しているようだ。まあそりゃそうだよね。チビたちがこんなに姉ちゃん姉ちゃんとはしゃいでいれば。

「ほら、ご飯できるって。みんな手洗いにいこうね」
「はあーい!」

 そう私が促せば、チビたちは再び嵐のごとくバタバタと家の中へ戻った。きっと洗面所では今頃、洗面器争奪戦が行われていることだろう。簡易に想像出来る。
 そんなチビたちの後ろ姿を見届けてから、ある視線が私を突き刺していることに気がつく。いや、今までも気が付いていたけど気付いていないフリをしていたというか。
 もちろん、あの彼の視線だ。なぜか家の前に居座っている、あの根暗さんの視線。


「…あの子たちの、姉か」

 ようやく口を開いたかと思えば、彼はそう私に問うた。その質問に思わず、口をぽっかーんと開けてしまった。姉?あの子たちの?

「あはは!」
「…」
「あー、いや、違うよ。確かに姉ちゃん姉ちゃんいってるし、そう思うのが普通か」
「…?」
「私はあの子たちのいとこ。雷電の1つ年下…って、雷電は分かる?」

 おそらく目の前にいる彼も私たちと同い年くらいだろうし、この家――雷電の家の前にいる理由は、雷電関係だとしか思えないのだけど。というか、そうじゃなかったら不審者としか思えない。すると彼はゆっくりと頷いたので、とりあえずほっと安堵する。

「それで、あんたはどうしてここに?雷電のお友達?」
「それは俺から説明するぜ」

 家の中から出てきたのは、雷電だった。私が雷電、と名前を口にすると同時に、彼も小さく土方、と呟いた。
 彼は、雷電の言葉を聞いて少し焦っているような表情を浮かべていた。焦っていて、疑っていて、余裕のなさそうな、そんな表情だった。

「こいつには話しても大丈夫だ」
「……」
「と、いうか。元からこいつには話そうと思ってたんだ。協力してくれってな」
「……」
「だから、安心しろよ。豪炎寺」

 豪炎寺と呼ばれた彼は、一瞬地面に視線を下ろしてから 私の方へと顔を上げた。

 説明とか、協力とか、安心とか。
 とりあえず、今からなんだか凄い話がされそうな予感がするのは、気のせいではないはずだ。

「ま、その前に飯だ!飯食うぞ!」
「え?そこ先延ばしにする!?」
「あったりまえだ!あいつらも待ってるだろ。ほら早く入った入った」
「ちょちょちょ! な、なんでこの人も家に!」
「豪炎寺も一緒に飯食うに決まってるからだろ!」
「だからそれが意味分かんないんだって!」
 
 思わず彼に視線を向けると、ずっと今まで無表情だったにも関わらず、私と雷電のやり取りがどうやら面白おかしく見えたのか、少し、ほんの少しだけ。口角を上げて笑っていたのを見て、心がじんわりと暖かくなった気がした。

 ―――なんだ、ちゃんと笑うんだ。

 気がつけば、いつの間にか私が抱えていた30分前の彼への怒りとやらはどこかへと飛んでいっていた。


//170510


   


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