付き合う



 誰か助けてほしい。あの例のお茶マジック事件の日から、どうも私はおかしくなってしまったらしい。どういう風におかしくなってしまったかというと例えば御幸の顔をまともに見れない、まともに話せないなど。しかしその理由は自分でも重々承知している。悔しいことに、私は意識してしまっているんだ。誰を? 御幸を! くそう。

 しかしそんな私に朗報があった。もうじき席替えなのだ! これでやっと御幸から離れられる。これで色々と解放される! ウキウキとしながらあみだくじの一番端っこに名前を書いた。「みずきちゃんと離れんのさみしいなー」とか前の席に座る例の野郎が後ろを振り向いてそう言ってるけれど無視。無視無視無視。ああ神様どうかこいつと離してください。そして願わくば窓際の一番後ろの席になりますように……!

 くじの結果が出されたのは翌日だった。朝来ると勝手に移動しておけよと言わんばかりに、黒板に新しい席が書かれた紙が貼られていた。マジでうちのクラスの担任適当すぎる。人だかりにまみれながら、私はその紙を必死に覗いた。私はどこだ、私は……ん? まさか……き、きききき来たーーーー! 窓際で、一番後ろとは行かなかったけれど後ろから二番目! 神様は私を見放していなかった! もうこうなりゃ私は周りの席などどうでも良い!

 スキップしそうなくらいの軽い足取りで私は窓際の後ろから二番目の席へと向かう。これなら授業中ずっと寝れるぞ! 何やっててもバレないぞ! うしし、と笑っていると御幸と倉持が二人で教室に入ってきた。新しい席を見て、倉持は「また前の方かよ」と文句をこぼしていた。また前の方なんだ。それはすごくドンマイとしか言いようがない。……御幸は、どこなんだろう。……って! また私御幸のこと! あーーもう別に御幸のことなんか気にならないどうでもいい気にならない知らないどっか行け頭に出て来んな……。心の中でぶつぶつと唱えていると、その声が聞こえたのか御幸がなぜかズンズンとこちらへやってきた。え、な、なに? 歩みを止めず、御幸はついに私の前までやってきた。やってきて――何を言われるのかと待ち構えていたけれど――そのまま私の横を通り過ぎた。

「また俺ら前後じゃん、やったな〜橘」

 そして、私が狙っていた窓際の一番後ろの席すなわち私の後ろの席に荷物をドスンと置いた。

「ま、」
「ま?」

 …………マジかよ。



 それからというもの、御幸は授業中私の背中をシャーペンでつんつんしてきたり、でこぴんしてきたり、相変わらずだった。暑くてポニーテールをしていた日、首筋をつついてきたときは本気で頭を叩いた。変な声出てクラスで大恥かいた。その時はマジで殺意湧いた。その後、「お前、うなじだけはえろい」なんて言ってきたから二度目の鉄拳を奴の頭に振り下ろしたのもつい最近のことだ。

 ま、そんなこともあっていつの間にか私も御幸を意識しなくなって前みたいな関係に戻った……という展開になる訳でもなく。むしろその逆だ。大反対だ。話せるようになったのは事実だけど、もう私は御幸を意識しまくりの何の。もはや認めたくないけど、私は御幸を好きになったみたいだ。ウケる。マジで自分が気持ち悪い。御幸が、私のこと好きになってくれる訳ないのに。所詮片思い……淡い片思い……御幸に片思い……気持ち悪……。でもそれで良い。御幸に好きですなんて想いを伝える方こそ気持ち悪い。絶対嫌だ。だからこの想いは、ずっと私の心の内だけで秘めておこうと決めていた。


 そんなある日だった。

「なぁ橘」
「なに?」
「お前、俺のこと好きなの?」
「はぁ!?」

 古典の授業中、いつものように御幸が背中をシャーペンでツンツンとと突いてきて、耳だけ傾けるといきなりそんなことを言ってきやがった。びっくりして大声で叫んだら、古典の先生が「なんだ橘、何か俺の説明に文句でもあんのか!」と凄い形相で言われて「な、なんでもないです…」と謝るはめになった。すると後ろからくっくっくっ、と小さな笑い声が聞こえてカチンと頭に来た。

「ちょ、御幸のせいで怒られた…!」
「あんな大きい声出すからだろ」

 ボソボソとした声で御幸はそう言って、また面白そうに笑った。あー、何こいつ。まじで。すっごい腹立つ。めちゃくちゃムカつく。なのに、なんで私こんな奴が好きなんだろう。ちらりと後ろを覗き見ると、楽しそうに小さく笑う御幸が当たり前にいて。その姿も格好良いなぁ、って思うようになった自分は末期だと思う。ほんっと自分が気持ち悪い。――じゃなくて!

「なんで、そんなこと聞くの」
「え? あー、いやだってよ。お前と良く一緒にいる奴らが聞いてきたんだよ」

“御幸くんって、みずきちゃんのこと好きなのー?”ってな。

 ニヤリ。そんな効果音がつきそうなくらい御幸は面白そうに笑った。良く一緒にいる奴ら、それはつまるところイツメン……ふざけんなよ君たち。席が後ろということを利用して私はいつめん全員の背中に睨みを全力で送るけれど、虚しいことに当然本人たちは気づかれることもない。と、というか、何気に御幸に下の名前を口にされた……ちょっと、だけ、嬉しい。

「……それで?」

 あくまで平然を装ってその話の続きを聞く。どうせ「好きじゃねーってのって答えてやった」って返されるオチだ。分かってる。よし、その覚悟を。深呼吸、深呼、「好きって答えてやった」……ん? What? 今何と?

「てっきりお前が俺のこと好きだから、友達を通して俺がお前を好きか聞いたんだと思ったんだけど、違ぇの?」
「は!? ちっ、ちちちち違う!」
「ばっ、声でけーって」

 再び古典の先生の視線がこちらを向いて、御幸がちょっと焦ったように注意した。でもそれ以上に私の方が焦ってる。ま、待って?好きって答えてやったって、どういうことなの。本気? それとも冗談? こんなとき、前の私なら「好きって答えたの? 冗談でもキモすぎ」なんて言えるんだろうけど、無様なことに今はそれで大いに舞い上がってしまっている……!

「違うんなら、実際どうなんだ」
「え」
「俺のこと、好きなの?」
「……み、御幸さん、は、」
「俺? お前のこと?」
「……」
「だからさっき言っただろ、」

 好きって。ていうか、俺ずっとお前にアピールしてるつもりだったんだけどなぁ、ははっ。呑気な御幸の笑い声は思いのほか大きくて、古典の先生に怒られてしまっていた。「こら御幸、何笑ってんだ!お前も俺の説明に文句あんのか!」「ははは、ないでーす」後ろから聞こえるその声が、胸を苦しくさせる。落ち着いて自分、再び深呼吸、深呼吸。

「……で? お前は俺のこと好きなの?」

 うん、好きだよ。そう素直に告げることは、やっぱり今の私には難しくて、必死にこくりこくりと頷いた。「え、マジで?」こくり。「冗談じゃねーよな」こくり。「ははっ、マジかよ」こくり。「……やべ、嬉しいわ」古典の先生に気付かれないように、後ろを振り返る。そこには珍しく顔を赤くさせた御幸が、嬉しそうに口元を緩ませていた。「前向いとけバカ」きっと、私も顔真っ赤なんだろうな。

「そんじゃ、めでたく俺らはお付き合いしましょうか」
「は、………はい?」
「これからもどーぞよろしく、みずきちゃん」

 耳元でふっとそう囁かれて、私の顔の熱はどうもおさまる気がしない。本当に気持ち悪い。私を好きな御幸とか、気持ち悪い。けど、すごく嬉しい。胸がドキドキする。あのお茶を奢ってくれた日、頭をぽんぽんと優しく叩かれたあのときと、同じ感覚。次の休憩時間、彼と真正面から向き合えるだろうか。彼の目を見て、まっすぐ話せるだろうか。とりあえず、今思うのはひとつ。古典の授業が終わってほしくない。

▽160704

   

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