リンクに至れり尽くせりしてもらっているわたしは彼におぶられながら城下町の広場へやってくると、やはり好奇の視線がわたしたちを突き刺した。わたしをおぶっている当の本人は特に何も気にしていない(というかこの注目に気付いていないようにも思う)けれど、わたしはというと恥ずかしさでリンクの首元に顔を埋めるようにして隠れることしかできなかった。 本当に恥ずかしい。
「うわあっ、あの人すごくイケメン!」
「あんな男前に抱えられた〜い!」
「おんぶされてるのって、あのいつも転けている子じゃないかしら!?」
ひそひそ声というには収まりきらないくらい、広場にいる主婦やわたしと同じ齢くらいの若い女の子たちがわたしたちを見て話している。酒場を出てここまで来る途中に分かったけれど、テルマさんが「アンタはドジで間抜けな女の子だって有名だ」って言ったことはどうやら本当らしい。意識をして周りの人の話に耳をすませると、みんなわたしのことを見て面白そうに「また転けたのかしら」とか「可愛いわねえ、あの間抜けちゃん」なんて好き勝手に笑っていた。聞き捨てならないと同時に、やっぱり落ち込んだ。もっと良い噂だったなら良かったのに。わたし、そんなに有名になるくらいドジで間抜けなのかなあ。そこまで、かなあ。
「あの二人ってどういう関係なんだろう…?」
「まさか恋人だとか!?」
そしてもうひとつ分かったことがある。それはわたしと同様に、このリンクも城下町ではとても人気だということだ。こちらはわたしとは違って、もう良い噂ばかり囁かれている。「格好いい」だとか「やさしい」だとか「勇敢な人」だとか。とっても同感するけれど、わたしとの差がちょっとすごいと思う。それにしてもやっぱり、リンクってすごくモテるんだなあ。でもそれもそうだよね、だって格好良くてやさしくて勇敢な人だもの。こんな誰からも呆れられてしまうようなわたしにも、やさしい顔をして笑って助けてくれる人なんだもの。みんな憧れちゃうよね。こうやっておんぶされるなんて、羨ましくなっちゃうよね。わたしだったら羨ましくなるもん。それじゃあ今の状況は感謝しなくちゃならないのかも。こんな勇者様みたいな人にこうやってお姫様抱っことかおんぶとかされるなんて一生にあるかないかだし。うんうん。
心の中でひとりでそうぼやいて、自分に納得するみたいに無言で頷いているとリンクが顔だけをこちらに振り返らせて、わたしの顔を伺った。どうしたんだろう? つられるようにわたしも顔を上げると目が合った。
「大丈夫か? 辛くない?」
そういってリンクは首を傾げてから、手当てが施され包帯が丁寧に巻かれたわたしの膝小僧に目線を向ける。その問いかけを聞いて、わたしは思わず「はわわっ……」とよく分からない感嘆の声が溢れた。
この人は一体……。
一体、どこまで素晴らしいんだろう。
もう彼の優しさに限界はないんじゃないかと思えてきた。格好よくて、やさしくて、勇敢な人で、困っている人がいたら助けてくれて。再びわたしの顔を見て首を傾げるその様子はお美しい。なんなんだ、なんなんだろうこの人は。純粋な疑問を抱えながら「大丈夫」と一言だけ伝えると、リンクは「そっか」と安心したように表情を緩めてわたしをしっかりとおぶり直した。なに今の? 格好よすぎない? ちょっと良い人が過ぎる。
それからというもの、今の状況と状態に恥ずかしさしか感じられないわたしはいつもより極度に緊張していて、気の利いた話題も出せなかった。リンクもまた、わたしを心配してくれたり気を遣ってくれてるけど、そこまで口数は多い人ではないようだ。すなわち初対面のわたしたちはしばらく、周りからきゃっきゃっという黄色い声で囁かれる噂(ほとんどリンクについてのもの)を聞き過ごし、沈黙に包まれながらわたしの帰路をついていた。その間、手持ち無沙汰なわたしはずっとリンクのへんてこな帽子を見ることしか出来なかった。
そしてしばらく経ったとき、わたしをおぶっていたリンクの足がぴたりと止まった。どうしたんだろうと顔を上げると、「クスリ屋」と書かれた看板が置かれたお店の姿が目に入った。紛れもなくわたしのお家だ。
「ここで合っているか?」
リンクの問いに首を縦に振ると、彼はわたしをゆっくりとその場に下ろした。そしてすかさずわたしの手を取って、足の痛むわたしの身体を気遣ってくれた。そのやさしさに、また心がきゅっと握られたように締まる。
「リンゴ、落としてないな」
「今度は大丈夫!」
「それは良かった」
「……あの、リンク」
「うん?」
わたしはテルマさんが貸してくれた小さいバスケットの中からリンゴをひとつ手に取った。どれも傷だらけだけど、その中でも一番川がめくれていなくてマシなものを。念のため汚れがついていないか手でササッと撫でるように取り払ってから、わたしはそのリンゴをリンクに差し出す。するとリンクは、目を丸くさせて首を傾げていた。
「これ、どうぞ」
「え?」
お礼というには、なんともつまらない。それに傷だらけのリンゴをを人にあげるなんて失礼にも程があるとは思った、けれど。やっぱり何にも渡さないよりかはいいんじゃないかと思ったんだ。
リンクは未だに口をぽかんと開いて、リンゴとわたしを交互に見ていた。意味が分からないとでも言わんばかりの顔を浮かべるリンクが面白くて、思わず笑ってしまいそうになったけれど、とある予想がわたしの頭によぎってわたしの表情は固まってしまった。もしかして、こんなものを人に、しかも一応恩がある人にあげるなんてと見損なっているのかもしれない。いや、こんな優しい人に限ってそれはないと思いたいけれど……。
「ありがとう。リンゴを拾ってくれて、それに色々とテルマさんのところへ運んでくれたり、家まで送ってくれたり……その、色々と気を遣ってくれて」
「……それほどでもない、けど」
「ううん。そんなことない。とても助かったわ! だから、つまらないものだけど…」
受け取ってほしいな。そう最後に添えるように言うと、リンクは一瞬の間をあけてからゆるりと頷いた。そして、そのリンゴを丁寧に両手で受け取ってくれた。わたしは思わず安堵して、嬉しさから笑みが零れた。
「ありがとう」
「うん!」
リンクは口角を上げて、そう言った。わたしはその彼の爽やかな表情に思わず目を奪われながらも頷く。
するとそのとき、クスリ屋に入ろうとしたお客様がこちらの方を見て「あっ」と声をあげた。わたしたちは同時にその人の方へ視線を向けるとその正体はよく知る人で。その姿を見て思わずわたしもあっ、と声が漏れる。
「エマちゃんじゃないか」
「はい。いらっしゃいませ!」
その人というのは、ウチの店を好んでいつも来店してくれる常連客の騎士さんだった。わたしが店を手伝い始めた頃からずっとこのお店を贔屓してくれているから、もうだいぶと知り合ってからも長い人なのだ。
すると、騎士さんはわたしと隣にいたリンクの姿を見て口をぽかんと開いた。
「あ。お取り込み中だったかな? ごめんよ」
「え!? いや、えっと、」
はい、でもないし。かといって、いいえ、も違う気がする。けれど騎士さんの言葉には何だか下心というかそういうものも含まれているような気がして思わず戸惑ってしまっていると、騎士さんは「そうかそうか」と何やら楽しそうに笑い声をあげながら店の中へと入っていった。え、えーと……な、何が? リンクの方に視線を向けると、彼もまた頭に疑問符を浮かべていて。それからお互いが同時に首を傾げたのがおもしろくって、どちらからともなく笑った。不思議。
「……それじゃあ、俺は行くよ」
「あっ、うん。わざわざ送ってくれてありがとう」
「店番、頑張って」
「うん! 本当にありがとう」
リンクはわたしの言葉を最後までしっかりと聞き取ると口角を上げ頷いて、くるりと踵を返した。今からまたテルマさんの酒場に行くのかな? リンクは普段からあの場所へいるのかな? 聞いておけば良かったかな。でも、もしそうだとしたら今度また改めてお礼に伺おう。だって、テルマさんにも御礼しなくちゃならないから。そのまま来た道を戻るように歩いていくリンクの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、本当に素敵な人だったなあ、とわたしは小さくぼやくのだった。