俺の彼女は変人、キチガイ、宇宙人というさまざまな異名で評判がある。彼氏である俺自身も彼女のことに関してはおかしい奴と思う。いや、思わざるを得ない。確実に。
 どんな風におかしいのかって言われるとそれまた難しいのだが、常に抜けてるというか、体操服を前後ろ逆で着てしまうのが頻繁にあるとか、女が好きそうな記念日とかを悠々に忘れていた(むしろ俺の方が覚えてた)とか、

「これから2週間、一也とは会わないし喋らないし顔も合わせないから!あと、一也も私を見かけても無視してね。それじゃあね!……あっ、一也なんか大嫌い!」

 突然、突拍子もなくこんなことを言い出すとか。

「…はあ?」

 もはや日常と化している彼女の奇想天外な発言に俺は溜息と共にクエスチョンマークを浮かべた。言い忘れたかのように付け足された最後の嫌いって何なんだ。
 まあそんな彼女に2週間会わない、喋らない、顔も合わさない、私を見ても無視しろ、大嫌いと言われて放っておけるはずがなかった――という訳でもなく、また変なこと企んでんだろうなあとか、どうせアイツのことだ、2週間、いや1週間経たずとも、いや明日明後日くらいには、自分から何事もなく「一也、教科書忘れたの貸してえ!」なんて泣きついて来るんだろうなと俺の中では解決した。それより、その俺たちの一連のやり取りを一番近くで見ていた倉持が顔面蒼白していた方が俺はよっぽど気になる。


 しかし、俺の予想は珍しくも外れてしまった。
 彼女である名前に変なことを立て続けに言われてから1週間が経ったけど、何とまあ有言実行されている。廊下でたまに遭遇すると、アイツは「んわっ!」と変な鳴き声を出して目も合わせずスタタタ、と俺のクラスでも名前のクラスでもない教室に忍者のごとく入り身を隠していた。いや、その不自然な隠れ方は誰にでもバレるぞ。彼氏様もそっちにしか目いかねーぞ。最初こそは、自分の計画通りにしようと頑張ってるなあ、何日持つかなあ、なんて面白く見てたけど。…何これ本気で2週間あいつに絡んじゃいけないの?頑張ってるあいつの姿(何のためにかは知らないけど)をこうやって廊下でたまに見るのもいいけど、あの小動物みたいなかっわいー癒しをもっと近くで堪能してーわ。俺干からびそう。

「…おーい、名前さーん」
「なっ!?」スタタタタ

「いつまでこの遊びしてるわけだー」
「なっ!?」スタタタタ

「いい加減俺寂しくなってきたんだけどー」
「なっ!?」スタタタタ

「いや、割と本気で…」

 あの名前に、あの色んな意味で頭が悪い名前に、ここまで根気強く無視され逃げられると凹んできた。あれ、俺何かしたっけな。この前、アイツの弁当に入ってた鮭を食べたからか?「私の食べ物の恨みは凄いんだぞ…!」って恨めしそうな顔をしていた名前を思い出す。さすがにそれだと根に持ちすぎてるか?俺の感覚では根に持ちすぎだと思うし、あの名前ならそのことさえ綺麗さっぱり忘れてそうだし。「え?鮭?…なっ、一也食べたの!?いつ!?」とか言いそうだし。うん納得。――いや納得じゃねえし。全然ちげえし。

 11月中旬、そろそろ季節は秋から冬に移りかけていて北風もビュービューと遠慮知らずに吹いていて冷え込みが激しくなってきていた。野球に関してもボール取るだけで手がジンジンと痛いし。あ、彼女のせいで心もジンジンしてます。
 ようやく、あの彼女の不思議な発言から2週間が経った。彼女持ち、考えたことあるか?頭の悪い彼女にここまで無視され逃げられることを。辛いぞーめちゃくちゃ悲しいぞー。しかも誰からでもおかしい奴やら馬鹿やら変子やら言われていた奴にだぞ?まあ、反対に真面目な彼女とかにそうされた方がある意味本気で悩むかもしんねえけども。

 朝起きて、朝練をして、朝食を食べて。なんともない日常のはずなのに、やたらと野球部から感じる、こうワクワクしてるような、恨めしそうな視線は一体なんなんだろな。
 制服を着て、カバンを持って、学校へ行く準備が出来た。とはいえ、まだホームルームまではたーんと時間がある。まだ読みかけの野球雑誌でも読んでおこうとすると部屋の扉が勢いよく開かれた。

「おい御幸!もう行くぞ」
「は?もう?」
「もうだ!早くしろ!」

 いつも同じクラスである倉持と、特に約束は交わしてないが自然と一緒に教室まで向かうのだが、まだ10分だぞ。ホームルームは35分からだぞ。こんな早くに学校行ってどうすんだよ。ぶつぶつとそう声を漏らしながら、渋々と俺はカバンを肩にかけ部屋を出た。
 他愛もない会話をしながら青心寮を出た、そのときだった。

「エイチビーディー!!」

 出口から死角となっているところから突如現れ、俺の胸の中に飛び込んできたのは紛れもなく名前だった。…ん?は?どうなってんだ?なんでこいつここに居んの?しかも何言ってんだ?

「一也っ、久しぶり!待たせてごめんねっ」
「あ、あー、うん?」
「エイチビーディー!おめでとう!」
「その、エイチビーディー?ってなんだよ」

 久しぶりの会話はやっぱり噛み合わない。けれど、2週間ぶりの会話に俺の口角は徐々に上がるばかりだ。名前はきょとん、とした顔を浮かべながらカバンから何やらゴソゴソと物を取り出した。

「はいっ、これ!」

 そう言って手渡されたのは、紙袋だった。 名前の顔を伺うと、開けて開けて、と小動物みたいに目をキラキラさせていたのでその場で開けることにした。

「…マフラー?」
「そうだよ!これ作るためにね、2週間頑張ったの!寒くなってきたでしょ?これからもっと寒くなるでしょ?だからマフラーなの!私、隠し事とか苦手だからね、倉持くんに相談したの!そしたら、2週間関わらなかったら見つかることもバレることも無いだろって。お陰でホラッ!びっくりしたでしょ!サプライズだいせいこーう!」

 お、おう?2週間なんのために俺と関わらなかったのかは理解できた。これを作るために、俺にバレたくなくて、ってことだよな?自分でも隠し事は出来ないくらい分かりやすいってことは自覚してたことにびっくりしたけど。――あと、あの日の倉持の顔面蒼白はこれが真実だったのか。
 マフラーは、随分と細かく編まれていて不器用な名前が作ったかと思えば、それは頑張ったんだろうなってその姿が容易に想像できる。
 けど、一体なんのために…?

「一也っ」
「ん」
「お誕生日、おめでとう!」

 にっこりと浮かべたその笑顔に、俺は一瞬時が止まった。…誕生日おめでとう?

「11月17日、エイチビーディー!」

 そうか、俺今日…誕生日だったのか。エイチビーディー、HBD……。

「はっはっは!そういうことか」

 今朝の野球部の視線もこれが理由だったんだな。きっと倉持が口止めしていたんだろうなと悟った。名前がここまで俺のために頑張ってくれたのも、これが理由だったんだな。俺の口角は更に緩々とだらしなく上がっていった。

「マジで誕生日忘れてた」
「ええー!オッサンじゃん!」
「誕生日より名前ちゃんと早く話したいばっかり考えたんだって」
「ほんとに?」
「おー、ほんと。寂しかった」
「その間に名前は頑張ってたから!…一也、マフラー喜んでくれた?」
「めっちゃ喜んでる」
「なら結果オーライ!」

 いや、結果オーライじゃねーよ。前と変わりなく平常運転の名前につい吹き出す。

「ありがとな、名前」

 目を真っ直ぐに見て、真剣に想いをそう伝える。すると、名前は恥ずかしくなったのか照れてしまったのか、顔を赤くして「ふっふーん、いいえ」と目を泳がせた。そんなコイツが可愛くて可愛くて仕方なくて、今度は俺から抱き締めてやった。そして、目の前の無防備なその口に自分のそれを重ねた。

「…か、かずや、だめだよ!今日私、朝っちょー急いでたから口に歯磨き粉の味ついてるかもしれない!」
「なんだー?その新種の照れ隠しの言い訳」
「もーいいから!早く早く、一也の机にもサプライズ仕掛けてるのー!」
「それ言ってもいいの」
「あっ!嘘!一也の机に何かがあるの!」
「あんま言ってること変わんねえぞ、はっはっは」

 さて、そんじゃあ一緒に教室行くか。
 名前の手を取って、(名前のせいで)手をぶんぶんと揺らしながら俺たちは校舎へと向かって行ったのだった。机何されてんだろな。楽しみ。

//161117 @御幸HBD!
 → 助っ人視点(おまけ)