結局、その後も話すネタは尽きなくて俺たちはずっと思い出話に花を咲かせていた。気が付けば窓の外はオレンジ色に染まっていて二人で時間のことを忘れていたねとどちらからともなく笑った。俺はこのままずっと陽向といたい気持ちではあったけど、面会時間のこともあるし、というかそろそろ陽向も夜ご飯の時間だしってことで最後に連絡先を交換して今日は別れた。陽向の携帯はスマートフォンではなくガラケーだった。最近じゃあ連絡はラビチャでしかとらなかったから、電話番号とメールアドレスを教えるという行為はなんだか新鮮だった。
帰りの電車の中、携帯電話を握り締めながら陽向に教えてもらったその電話番号とメールアドレスを眺める。メールは電話番号でも出来るんだっけ。でも普通はメールアドレスなのかな? 俺はガラケーを使ったことがないからどれが正しいのかさえ分からなくて試行錯誤しながら陽向にメッセージを書く。そしてそのとき、今日の別れ際の一幕が頭に蘇った。
「陸くん、今日は来てくれてありがとう。久しぶりに会えて、本当に嬉しかった」
「ううん! こちらこそ。会いに来て良かった」
「……こうやって、誰かとたくさん話すのは久しぶりだったから、すごく楽しかったの」
本当にありがとう。心の底からそう詫びるみたいに、陽向は真剣な表情をどこか緩ませながらそう感謝の言葉を俺に告げた。
俺が会いたくて陽向の元へ来たけれど、陽向も俺と会うことを喜んでくれるほど嬉しいことはない。楽しいって思ってくれるなら俺は陽向の元へ行く。陽向が望んでくれるなら、これからもずっと。
「これからも、会いに来ていいかな?」
一生揺らぐことのないだろうその決意を問いかけてみれば、陽向の目が大きく見開いていた。どう返事が来るだろうとドキドキしていたけど、陽向は花が綻ぶみたいに微笑んで俺にこう言った。
「うん!」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
病室の扉に手をかけて、ガラガラと音を立てながら開けた。病棟の廊下へ出ると、一人の看護婦さんと目が合って慌てて会釈をした。そして、ドアを締める前に最後にもう一度陽向を振り返る。
「それじゃあ、帰るね。えっと…バイバイ!」
本当は別れ惜しくてたまらなかったけれど、俺はそんな気持ちを堪えて手を振った。そんな俺を見て、陽向は満面の笑みで手を振った。その姿を見て、ああ、また次も会えるんだって安心したんだ。
「バイバイ。またね、陸くん!」
(またね、かあ……)
彼女も、次また会うことを想定してくれている。その事実は俺をひどく安心させた。そして、それは容易に俺を嬉しくさせる。ついつい陽向の言葉を思い出して一人でニヤけてしまっていると前に向かい合って座っていたサラリーマンにおかしい奴がいる、みたいな目で見られた。でも、それでもいい。今は幸せに浸りたい……。
未だに余韻のようなものを感じながら、電車に揺られながら文字を打っていた手を止めた。ラビチャじゃない、メール特有の真っ白の背景に浮かぶその文字たち。白といえば否が応でも病院が浮かぶけれどそれもまた俺たちらしいのかもしれない。
『今日はありがとう! 久しぶりに会えて良かったし、すっごい楽しかった!!! また近いうちにお見舞い行くね。明日からも頑張ろうo(`ω´ )o 』
何度かその文面を読み直してから送信ボタンを押す。連絡が出来るって、今までは当たり前のようなことだと思ったけどこんなにも距離が近く感じるんだなあって。そんなことを考えていると、またとめどなく嬉しい気持ちが込み上げてきて俺はまた口角が上がるのを堪えきれなかった。
・
*
寮に帰ってきたときには、もう時計の短針が八の数字ををほんの少し過ぎていた。
「リク、やっと帰ってきたか」
「おかえり陸! ほらほらとにかく座れよ〜」
リビングに入ると、お酒を飲みながらテレビを見てげらげらと笑う大和さんと三月がいた。そんな楽しそうな二人を邪魔しないように控えめに「ただいま」と声をかけると、待ってましたといわんばかりに三月が俺の元に歩み寄ってきた。三月、ちょっと顔赤い。
どうやら他のメンバーは既に夜ご飯を食べ終わったらしく、水道には食器を洗い終わった跡があった。「今日はハンバーグだぞ〜食うよな?」とほんの少し酔っ払いの三月が俺の夕食の用意をしてくれようとする。自分でやるよって言っても三月はせっせと用意してくれるから、俺は言葉に甘えて荷物を自分の部屋にと置きに行った。三月は年上の人にはもちろん、俺みたいな年下のメンバー、誰に対しても本当に気を効かせられるから、すごいなって率直に思う。天にぃとはまた違うお兄ちゃんらしさがある。俺もそういう風に頼られる男だったら、もっと陽向に良く思われるかな?
リビングへ再び戻ってくると、テーブルには美味しそうなハンバーグとサラダが並んでいた。そしてテーブルの席には、ソファーに座っていたはずの大和さんと三月がなぜか座っている。しかも何だかニヤニヤしたような表情で。俺はその意味と理由をすぐに悟ったから、苦笑いを浮かべながら二人の向かいの席に腰を下ろして「頂きます」と手を合わせた。
「無人の部屋に緊張しながら喋りかけていたのを陽向ちゃんに見られてた!?」
「はっは! リク、お前面白すぎ」
早速二人がお待ちかねにしていた陽向と無事に会えたことを報告している最中、やっぱり突っ込まれたのは記念すべき再会のシーンだった。当の俺でも呆れてしまうような馬鹿げた話を聞いて大爆笑している二人を見ながら、俺はハンバーグを口に含んだ。美味しい。やっぱり三月の作るハンバーグは絶品だ。
「どうだったよ、久々に会った感想は」
「えーと…その…えへへへ」
「こらこら勝手に思い出してニヤけるなって、教えやがれ!」
俺は緩んでやまないその顔を放っておきながらつい一時間前の出来事を脳裏に呼び起こす。浮かび上がったのはベッドに腰掛けて俺に向かい合う陽向の姿。楽しそうに満面の笑みを浮かべたり、照れ臭そうに上目遣いをする陽向の姿。
「可愛かったか?」
「か、可愛いというよりすごく綺麗になってて。大人っぽくなってたっていうか……でも、恥ずかしそうに笑うところとかすっっごい可愛くって!」
「うわーこりゃもうベタ惚れだわ、大和さん」
「だなぁ」
「だって聞いてよ! 陽向が俺にずっと会いたかったって言ってくれたんだよ!?」
「おーおー分かった、分かったから落ち着け!」
宥められるみたいに俺を言いくるめる二人に、そっちが聞いてきたのに……と心の中で小さな不満をぼやきながら俺は再びハンバーグを口に入れたそのとき、大和さんと目が合ったと同時にニヤリと口角が上げられた。こういう顔をするときの大和さんはちょっと、いやかなり意地悪な時の大和さんだってことはもうとっくに理解していた。
「で? 告ったのか?」
「こっ!? ししししてないですよ!」
「分かりやすいドモりよう」
「なんだぁ陸、好きって伝えてないのか?」
手紙を貰って俺らに陽向ちゃんのこと話してくれたとき、ずっと彼女のこと好きだったって言ってたじゃん、と不思議そうな表情をを浮かべる三月に俺はそうだけど…と聞こえるかどうか分からないようなボリュームで呟くことしか出来なかった。
「まあ、再会してまだ一日だしそんなもんだよな。リクなら速攻告白とかしてそうだけど」
「確かに」
「お、俺ってどういう印象なの……」
「まさか今日会って幻滅したとか、久々会ったらやっぱそうでもなかったとかじゃないだろ?」
「ええ!? そんなこと」
「有り得ないよな、ハハッ! 陸のやつ必死。若いなぁ」
「そんな年変わんないのにまた子供扱いする……」
「いやいや十代と成人って結構変わるもんよ。いいねぇ陸、青春してんじゃねーか」
お兄さんにも何か良い人舞い降りて来ないかなーと酎ハイの缶を手に宙を仰いだ大和さんに、三月が「安定に発言がおっさんだな!!」と鋭い突っ込みを入れる。お酒が入っている時の二人は気付けばこうしてボケたり突っ込んだりしていて見ていて面白い。環は「面倒臭いから」と二人がお酒を飲み始めたらそそくさと部屋に戻るし、一織は夜遅い時間に上機嫌の二人を見かけたら「何時だと思ってるんですか」と欠かさず説教したりとあまりよく思ってない人たちもいるけれど、俺は賑やかだから良いなあと思っている。お酒を飲んで普段はしないような話をしたり、テンションが高くなって騒いだりするのってなんだか大人の特権って感じもするし。とはいえ絡みが凄いときは、ちょっとあれだけど。今然り。
「で? で? 陽向ちゃんだっけ? 写真とかねーの? お兄さんに見せてよ」
「おっさん、もしや手出そうとしてんな!? なあ陸、他に何話したんだ? 教えろ教えろ〜」
冷蔵庫から新しい酎ハイを取り出した二人を見て思わずぎょっとする。残りのハンバーグとサラダを口に全部かき込んで「ご馳走様でした!」と手を合わせてから俺は食器を洗いに水道場まで持っていく。「あっ逃げたぞ陸のやつ!」とリビングから声がしたけど、聞こえないふりをして「お風呂入ってきまーす!」と足早にその場を去った。
お風呂から上がって自室へ戻る最中、たまたま部屋から出てきた一織と鉢合わせた瞬間に「やけに酔っ払いがいつも以上に騒いでると思ったら、あなたが帰ってきていたんですね」と怪訝そうな顔を浮かべた一織に、「うん。ただいま」と一声返す。そして暫しの数秒間悩んだような素振りを見せてから小さな小さな声で「……お望みの方とは、お会いできたんですか」と尋ねてきた。「うん、会えたよ! 一織も気にしてくれてたんだね。ありがとう!」率直な気持ちを伝えると、はぁ? みたいな顔をされて「馬鹿なこと言わないでください」と一喝された。何だよ、正直に物を言っただけなのに。しかも俺、感謝したのに。「私は喉が渇いたので水を飲みに行きます」とスタスタと足早にリビングへ向かう一織の後ろ姿を見届けた。まだリビングの電気は点いていたし、一織のやつ大和さんと三月を説教するんだろうなあと思いながら今度こそ俺は自室へと戻った。
充電コードに繋いでいた携帯を確認すると、新着メール一件という通知が二十分ほど前に来ていたようで慌ててロック画面を解除した。差出人の欄には先ほど登録したばかりの「桜田陽向」という名前が記されている。はやる気持ちで俺はそのメールの中身を見ようとスマホを操作する指を動かした。
『陸くん、こちらこそ今日は来てくれてありがとう!私も久しぶりに会えてすごく楽しかったし嬉しかったです(^^) これからも体に気を付けてお仕事頑張ってね。また会える日を楽しみにしています。おやすみなさい』
相も変わらず真っ白な背景に黒い文字だけが浮かぶその画面。だけどその文章を読んで、俺の口元はまただらしなく緩み、体の力も抜けてそのままベッドにごろんと寝転がった。なんだか、陽向らしい文章だなあと思って微笑ましくなる。おやすみなさい。……おやすみなさい、かあ。生活感のあるその挨拶に、陽向がとても身近にいるように感じて俺はその文字だけでドギマギとした。すぐさま返信をしようかと考えたけれど、もしかしたら陽向はもう寝ているかもしれないので自分でそれを制した。仰向けになりながら目を瞑り、手に持つスマホを胸の前へと当てた。そうだ、明日の朝に返信をしよう。おはよう、今日も頑張ろうねって。それで毎日こうやって連絡を取り続けられたら良いな。俺は脳内で陽向の「おやすみなさい」といっている様子を妄想しながらゆっくりと意識を手放した。今日陽向と再会できたことが夢じゃありませんようにと願って。
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