「十一歳のときかな、小学五年生だったから。病気が悪くなって、大きな手術をしなくちゃならないとかで、この病院へ転院したの」

 自分で言うのもなんだけど今はこんなに元気だけどね、そのときはちょっと大変だったの。もしかしたら危なかったって先生に言われちゃったくらい。手術をしてからも体調がなかなか戻らなくて。しばらくして元気になってから、陸くんにお別れの挨拶も言えなかったなって思っていたの。子供だから連絡なんて出来るわけもないし、そもそも連絡先だって分からなかったし。会いたかったけれど、会えないし。その事実は、小さかった私でもよく分かっていたから。でもね、本当にね、すごく会いたかったの。今何してるんだろうってずっと考えてた。だから、テレビで陸くんを見つけたとき、夢じゃないかって思った。
 それからファンレターもね、何度も書いたの。書いて、消して、書いて、捨てて。最後まで書けたとしても、なかなか投函することが出来なくって……すっごく考えたの。私のこと、忘れていたらどうしようかなって思ったし、もし覚えていても迷惑だったらどうしようとも思ったんだけど。

「本当に、書いてよかった!」
「……陽向」

 唐突な彼女との別れで、酷くショックを受けていた十二歳のあの出来事の裏側を全て話してくれて、そうだったんだと腑に落ちるような、だけど医者から“危なかった”といわれるほど大きな手術をしていたことに戸惑いも隠せなかった。たしかに今は元気そうに見えるから良かった、けれど……。
 でも、陽向がずっと俺に会いたいと思ってくれていたことを告げられて俺はそんな困惑を吹き飛ばしてしまうくらいにすごく舞い上がっていた。だって、好きな女の子にそんなこと言われたら男はみんなそうなる。そう、なっちゃうよね?

 と、ひとり陽向の言葉に悶々としていると、彼女はそうだと何かを思い出したかのように俺の顔を見上げた。その表情は、どこか不安そうで遠慮がちなものだった。

「……陸くんは病気の方、どう?」

 そう尋ねられて、また彼女からの手紙の文面でも俺の病気について書かれていたことを思い出した。確かに陽向の中での俺のイメージは入退院を繰り返す病弱な男の子だったはずだろうに、そんな奴がたまたま見かけたらアイドルとして本当に歌って踊っているなんて知れば驚くに違いない。どこから、そしてどこまで話そうか悩んだけれど、陽向に隠すものは一つもないんじゃないかって思って、俺は全てを洗いざらい話すことにした。

「まだ、治ってないんだ。というか、完全には治らないっていうか」
「えっ」
「でもマネージャーとかメンバーには、ちゃんと話してる……だから俺も、無理はしない程度にうまくやってる、つもり」
「ということは、ファンの方も陸くんが病気だってことは知らないんだ」
「…うん」
「そっか」

 話を聞くなり顔を俯けて、考えるような素振りを取っている陽向に俺は何も言えなかった。陽向は家族以外で唯一、今関わりがある人の中で俺が入院しているときの体調が悪いところを見たことがある人だ。それに一度だけ陽向と一緒にいるときに発作を起こしてしまったこともあるし、俺の病気がどういうものか多分理解している。だからこそ、激しい運動ともいえるアイドル業は大丈夫なのかと疑念を抱いているに違いない。陽向は、優しいから。こんな俺に呆れて怒られてしまうかなと少し肩に力が入ったけれど、陽向は無に等しかった表情を脱力させて柔らかくした。

「なら、頑張らないとだね!」
「え?」
「え?」
「あ、いや…怒られるかなって、思った」
「どうして? 陸くんが決めたことなら、私は応援するだけだよ」

 確かにちょっと…いや、結構心配だけど。そう苦笑を滲ませる陽向に、俺もつられて眉尻が下がった。

「天にぃには、心配させてるから」
「……天にぃ……天くん?」
「…うん」
「そうだ」

 天くんのこともね、ずっと気になっていたの。陽向は嬉しそうな、だけど少し困っているような表情でそう口にした。

「天くんも、今や大人気のアイドルだね」
「…そう、だね」
「天くんを始めてテレビで見たときも、びっくりしたんだ。それから、天くんに聞けばもしかしたら陸くんと会えるかなって思ったんだけど」
「…」
「……その、苗字が変わってたから」

 昔から仲の良い俺たちをずっと見ていた陽向からすれば、双子の片割れの方の苗字が変わっていたなんてそんなイレギュラーな事態、普通はない。そんな複雑を極めている俺たちの関係に首を突っ込んでいいのか悩んでいる陽向に俺は迷わず天にぃのことについても説明した。陽向も、天にぃのことよく慕っていたから。

「そんなことが……」
「……うん」

 一通りを説明すると陽向はすごくびっくりしていたけれど、頭の回転が早いからか、はたまた俺たちが会わなかった期間が長すぎたからか、すんなりとそれを理解していた。陽向までも落ち込んでしまったりしたらどうしようと思ったから、その点は良かったと思う。
 七瀬家の暗い事情を話したせいで、再び気まずい空気が流れたけれど、それを払拭するように陽向がにこりと笑った。

「それにしても天くん凄いよね! 昔、私たちにショーとか開いてくれてたよね」
「…うん、懐かしいなぁ」
「歌もダンスも上手だし、大人気だもんね! しかも今流行りのTRIGGERのセンターだし」
「うん…」
「…?」
「で、でも、俺もセンターだよ」
「へ」
「ぇあっ! え、あっ、うんそうだね! 天にぃは本当に凄いや!」

 天にぃを賞賛する陽向を聞いているとなぜか訳の分からない言葉を俺は口走っていた。本当に俺、何言ってるんだろう。昔からそうだった、陽向が天にぃのことを褒めていると俺も、俺の方がって無意識のうちに自分をアピールしていることが多々あった。それがまた出てきたんだ。本当に、俺って。とにかく俺の謎の言動を忘れて欲しくて、すぐさま違う話題を呼び起こす。

「その、えっと……」
「うん…?」
「この前、俺もTRIGGERのライブに行ったんだ。そのときにやっぱり天にぃは凄いなって、改めて思ったんだよね」

 あの大きなアリーナの会場を埋め尽くすほどの莫大な人気。けれど人気だけじゃなくて、歌もダンスのレベルも、全てのことにおいて俺たちはまだまだ足元にも及んでいないと実感したんだ。

「なんだろう、今はまだすごい壁が高いっていうか……天にぃは本当に、まだまだ届かない存在だなって」
「うん」
「でも俺、いつかは天にぃに追いつきたいんだ! それで、いつか天にぃに俺のことを認めてもらうんだ!」

 考えていると熱が入って思わず声量を上げながらそう意気込んだ俺を、微笑ましそうに見ている陽向と目が合って俺は口を噤んだ。

「……陸くんならできるよ。いつか、天くんに追いつけられる!」

 だって、もう既に陸くんが一番だって思っている人はいるもの。まるで自分のことかのようにそう胸を張った陽向にどういうことか問うと満悦そうな顔が返ってきた。

「私は、陸くんが一番のアイドルだよ」

 そういって、ずっと手に持っていた写真をきゅっと大切そうに胸の前で抱き締めては「昔から、ずっと」と小さな小さな声で呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

「ありがとう、陽向。俺、頑張るよ」
「うん!」
「……って、ごめん! さっきからずっと俺ばっかりペラペラ喋ってるよね」
「ううん。会えなかった分、陸くんの話をいっぱい聞きたいから。というか、もっと聞かせてほしいな!」

 まず大前提に、どういう成り行きでアイドルになったの? そう爛々とした目で尋ねる陽向に、スカウトをされた旨を告げると目を丸くさせて「すごい!」と感心していた。

「そ、そうかな?」
「うん! 陸くん、昔より更にすっごくかっこよくなったもんね」

 スカウトされるのも分かるよ。そう言われて、嬉しいような照れくさいような気持ちになる。昔から現在進行形で、俺は周りから格好良いというより可愛いっていわれることの方が多かった。やっぱり男たる者、正直カッコいいって言われたかったけれど。だから、昔から格好いいといわれることには凄く敏感に喜んでいた。陽向は小さい頃から俺のことをかっこいいっていつも言ってくれてた気がする。で、俺はめちゃくちゃ浮かれていたのを思い出して笑みが零れた。

 それから、それから? と促され、気を良くした俺は全ての始まりのオーディション、そして観客席がガラガラだった初ライブ、台風の中でのライブ、野外ライブ……それに陽向が俺を見つけてくれたというミュージックフェスタの悔しい背景だったり、MEZZO"が先にデビューしてしまったりだとか、グループが結成されてから今までのことを全て語った。そんな俺を陽向はうんうんと楽しそうに耳を傾け、頷いてくれていた。

「最近、俺たちWEB番組も始めて…」
「キミと愛なnight!」
「えっ……し、知ってるの!?」
「うん! 見てるよ」
「ええっ!」
「せっかく陸くんを見つけたから、もっとアイドルの陸くんを見たくて。毎回楽しみにしているよ」

 陸くんと会えるような気持ちになるから!そう嬉しそうに笑う陽向に「今、もう会ってるよ、俺たち」と再度事実を確かめるように教える。

「あっ、そっか。ふふ、なんでだろう、まだ実感がなくて」
「俺も。なんか、夢かなって……」
「ね。だからもっと話そう?」

 首をこてりと傾げる陽向に、俺は大きく頷く他はなかった。







 それから俺たちは、ずっと話し込んだ。初めて出会ってからの思い出話、会えなかった期間の話。俺たちの空白の時間を埋めるように、飽きることを知らずにずっと話し続けた。

「メンバーと寮生活って楽しそう!」
「楽しいよ! 三月って分かるかな?」
「うん、和泉兄弟のお兄さんの方だね」
「そうそう。三月の料理ね、すっごい美味しいんだ!」
「へえ、そうなんだ」
「大和さんも、意外と上手なんだよね」
「陸くんは?」
「お、俺? 俺は…あんま出来ないかな。一織に少しは作れるようになって下さいっていつも言われちゃうんだけど」
「ふふ。愛なNightでもよく一織くんって陸くんに説教してるよね」
「そうなんだよ! 俺の方が年上なのに…」
「一織くん、陸くんのこと好きなんだろうなぁ」
「…そうかな…まぁ、可愛いけどさ!」
「じゃあ両思いだ」
「ええっ、一織と両思いなんて嫌だよ!」
「ふふふ」
「…っ、あはは!」

 陽向はずっと話していればきっと実感が湧くなんていったけれど、ずっと会いたかった、ずっと想いを寄せていた女の子が今目の前にいる。今俺の話を聞いて笑顔で頷いてくれている。こんな幸せなことが夢じゃないなんて、やっぱり俺はまだにわかには信じられない。だけどひとつ分かるのは、俺はやっぱり控えめにくすくすと笑う彼女が、楽しそうにうんうんと俺の話を聞いてくれる彼女が、陽向のことが、本当に好きなんだということだった。


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