02
翌日の午前。
サラは病棟の廊下を歩いていた。
今日は数日に一度のカウンセリングの日だ。とはいえ、堅苦しい業務的なものではなく、半分雑談のような気楽なもの。
「失礼します」
入室すると、既に顔見知りになった臨床心理士の先生が資料を広げていた。
「千堂院さん」
柔らかく微笑む先生。
この病棟は、サラが知る病院よりも全てが静かで穏やかに感じられた。
物音、人の話し声、医者や看護師の態度。
「先生、こんにちは。少し早く来てすみません」
「とんでもないわ。千堂院さんとお話できるのを、いつも楽しみにしてるから」
促され、席につく。
会話の内容は、毎度さして違いはない。
「体調はどうかしら?」
「問題ないです。暇を持て余してるくらいで……」
「ふふ、それはよかった。でも、これも耳にタコでしょうけど……あなたが自覚しているよりも、身体も心も疲れているはずだわ」
「はい」
「考えることも、焦ることも、悩むこともたくさんあると思うけど、今はまだ、安静にね」
「はい、ありがとうございます」
「わたしが力になれることならなんでも言ってね」
この先生の計らいで、患者同士の接触や面会の制限が緩んだ。
普段の態度からも、サラを本気で想いやる気持ちが伺える。信頼できる先生だった。
「昨日はギンが遊びに来てくれて。すごく楽しかったです。ありがとうございます」
「ギンくん……つらいこともたくさんあったのに、前向きになろうとしていて、素敵な子よね。わたしが元気にさせられちゃうわ」
ふふ、と声が漏れた。
先生の態度も、初期よりずっと砕けたものだ。
「わかります。だから、今は特に不自由はないですね」
「……不自由、ね……」
先生が、言葉を止めた。
「ねえ、千堂院さん。篠木くんやギンくんと話すことで、少しは気が紛れているかしら?」
「はい、とても」
「そう……」
「……先生?」
「それでも今の状態、結構息が詰まるんじゃないかと思って」
「ああ……」
息が詰まる。感情として、ないわけではない。
ただこれまで、医者に対して様々な提案をして無理を通してくれている先生に対し、これ以上わがままを言うわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。もっと散歩をできたらいいな、くらいで」
「そんなことならお易い御用だけど……千堂院さん、わたしには遠慮なんてしなくていいのよ」
「そんな、遠慮だなんて……」
「……余計なお世話かとは、思ったんだけど」
先生は、一枚の紙をサラの方へ差し出した。
「これは?」
「ご両親との次の面会は、もう少しかかりそうなの。ごめんなさいね。ただ
医者が……“他の仲間”の人との面会は、してみてもいいんじゃないか、と」
「……仲、間」
咄嗟に反応ができなかった。
他の仲間、というのはきっとサラたち四人ではなく、ともに脱出したQタロウやダミーズのことだろう。
ソウ……月見真との接触は既に許可されているが、ソウ自身が接触を拒否している。ソウのことであれば、他の仲間なんて回りくどい言い方はしないはずだ。
「とりあえず、三日後に一度だけ。時間は短いけれど、何か良いきっかけになるかもしれないから」
「三日後……」
「もちろん、あなたの精神状態が一番大切。断ってもいいのよ」
「いえ……会います。会いたいです」
Qタロウやダミーズは、国の研究機関に保護されている。
これはサラの想像ではあるが、保護……というよりも、実験体として監禁されているのではないだろうか。
きっと、サラたちとは比べ物にならないほど、不自由な生活を強いられているはずだ。
「でも、みんなは……わたしに会いたいと思うでしょうか」
人間と人形。
あの異常な空間の中では、その境なんて忘れてしまう瞬間があるほど、両者は近い存在に感じていた。
ただ、脱出した今、日常生活を送るには、社会にとって異質とされることは間違いない。 わたしたちと彼らは、同じで違う。
「千堂院さん」
「わたしと会うことで、何か影響を受ける可能性があるのは、彼らも同じですから」
今回の提案は、サラへの純粋な思いやり、というよりは、Qタロウやダミーズに対しての実験、という意味を含んでいるのだろう。もしかすると、サラに対しても。
先生は顔を曇らせた。
「やっぱり頭のいい子ね。優しいわ。わたしは少し早いんじゃないかと思ったんだけど……」
「お医者さんの判断に従います。わたしの意思でもあるので」
「……わかった、伝えておくわ。三日後、迎えに行くわね」
それからは、代わり映えのない雑談をして、サラは部屋を後にした。
無意識にケイジ部屋に向かおうとする足を止め、サラは自室へ戻った。
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