04


「サラちゃん」



うっすらと目を開けると、真っ先にリンゴを齧るケイジが目に入った。

「ん……」
「まだぼんやりしてるね。先生を呼んでくるから待ってて」

虚ろに天井を眺めていると、医者や看護師が部屋に入ってきた。
二、三受け答えをした後、安静にするようにと言われ、医者が出ていく入れ違いで入ってきたケイジと二人になった。

「まだ寝てた方がいい。俺はここでリンゴでも食べてるからさ」
「はい……ケイジさん、ありがとうございます。暇だと思うので、自分の部屋に帰ってください」
「部屋に戻っても暇なのは変わらないからねー。サラちゃんが邪魔っていうなら、大人しく帰るよ」
「……どうしてリンゴを?」
「お昼ごはんのを残しといたんだ。サラちゃんが起きたときに食べたいかなと思って」

ケイジとの会話の中で、少しずつサラの意識は覚醒していた。
目の前に、器用にウサギ型に切られたリンゴが差し出される。

「食べるかい?」
「すみません、食欲は……」
「そっか。じゃあもう少し休んだほうがいい」
「わたし、どのくらい寝てましたか?」
「だいたい丸一日ってとこだよ」

食べ終わったケイジは、皿を片付けようと席を立った。サラは無意識に、その裾を掴む。

「ケイジさん……」
「……おまわりさんはどこにも行かないよ。ちょっと片付けてくるから」

力が弱まったサラの手からするりと抜けて、ケイジは部屋の外に消えた。
そういえば、サラと呼ばせてくれと言った話はどうなったのだろう。


考えているうちに、別の人物が現れた。

「サラ」
「ジョー……」
「よお、久しぶりだな」
「……ああ」
「親友を忘れるなんて、お前もひどい奴だよなー」

枕元に立つジョーに手を伸ばす。


「サラ」

ふっと、幻影がかき消えた。
代わりに、いつ戻ってきたのか、ケイジがサラの手を包んでいた。

「サラちゃん……キミはやっぱり……」
「……はい、思い出しました」
「……キミは目を離すとすぐに無茶をするよねー。Qタロウのことも教えてくれなかったしさ」
「すみません……」

面会のことは、カウンセリングのときに聞いたのだろうか。

「謝るのはこっちの方だ。刑事さんがサラちゃんにキーホルダーを渡してしまったみたいだね。配慮が足りてなかったみたいだ。ごめんね」
「ケイジさんのせいじゃないです。きっといずれは、向き合わなければいけない問題でした」
「……本当に?」

いつかの会話と同じように、ケイジはじっと探るようにサラを見つめていた。

「キミは……きっと、思い出さない方がよかったよ」
「……ケイジさん」
「ハンナキーがやってたみたいな技術が、ここにもあったらよかったのにね」
「ケイジさん」
「そしたらキミはまた幻影を見ずに、ジョーくんのことも忘れて……」
「ケイジさん!」

サラは思わず遮った。ケイジの言葉が、優しさからくるものだとわかっている。
だから、ランマルがキーホルダーを見つけたときも、わたしから隠そうとした。
いや、守ろうとした。

「ありがとうございます、ケイジさん。でも、大丈夫です。わたしは思い出せてよかったと思ってるんですよ」
「……サラちゃん」
「ケイジさんはわたしよりずっと長く、幻影を見てきた。わたしのことを心配してくださってるのはわかってます。ただ、わたしはそれでも、幻影ともう一度向き合いたい」
「……Qタロウに、なにか言われたかい?」

なんて鋭い人なんだろう。
サラはケイジをじっと見据えて、一つ一つ言葉を紡ぐ。


「わたしは、わたしの問題に向き合うべきだと、言ってもらいました」
「……それが、ジョーくんのことだって?」
「はい。長い間、幻影に悩まされていたケイジさんのことも知っているから、簡単なことではないと思います。でも幸い、時間は沢山ある。ジョーについて……考えて、答えが出るかはわかりませんが、それが弔いになると信じます」
「弔い、ね」
「逃げてるだけじゃ、浮かばれませんから」
「……そうだね……」

感情が綯ない交ぜになった表情。目元には、くまが色濃く滲んでいる。


「ジョーの分までなんて言えませんけど……。わたしは、わたしの分を生きるために」


目元に、微かな笑みが浮かんだ。

ケイジはふうと息を吐いて、部屋から窓の外を仰いだ。
日は西に傾きかけている。


「ほんと、サラちゃんには敵わないね」
「ケイジさん」
「サラちゃんががんばるって言ってるのに、おまわりさんだけ逃げるわけにはいかないよねー……」
「え……」
「おまわりさんも、そろそろ向き合う時がきたのかもしれない」

二人は自然に黙り込んだ。
短いようで長い間、共にいた。この空間に、居心地の悪さは感じない。


「この間さ」
「あ、はい」

ケイジが唐突に切り出した。

「ギンが来る前、サラって呼んでもいいかって聞いたよね」
「はい」
「デスゲーム中に俺がした、自分のことが信用できないって話も、覚えてるかな」
「……はい」
「今でも、その考えは大きく変わったりはしてない。ただ、みんなのことを……サラちゃんが言ったように、仲間だと、思いたいと思ってる」

ケイジの言葉に淀みはない。


「その中で順番をつけようとは思わないけど、サラちゃん。キミはやっぱり、俺の中でトクベツなんだよ」

サラは口を噤んだ。
嬉しかった。
二度目のメインゲーム前、ケイジのメダルを渡してもらえなかった。
わたしを相棒と呼んで、実際に組んでいたのはQタロウさんだった。
信頼を得るために交換したはずのカードは、ケイジのものではなかった。
あの頃よりも、少しだけでも近づくことはできているのだろうか。

「出会いも特殊だったし、たくさん嘘をついて誤魔化して、サラちゃんを傷つけた。だからこれからは……サラちゃんに信用、信頼してもらえるように行動したい」
「……わたしが信用したところで、ケイジさんにメリットはないじゃないですか」

もうデスゲームなんてものはない。
あの場でも今も変わりないが、サラはただの高校生だ。


「サラちゃんに、もう一度相棒になってほしい。今度は、デスゲームじゃなく、過去を乗り越えるために」


サラは瞬きを忘れていた。
夕日に照らされた部屋で、今まで意識しなかったセミの声を身近に感じる。

「サラちゃんが俺を、俺がサラちゃんを。そして、俺が俺を、信用できるようになるために」
「ケイジさ……」
「その証……っていうと大げさだけど、だからそう呼びたいと思ったんだよね。かわいいのも本当だけど、理由はそういうこと」
「あの」
「わかってもらえたかな?サラちゃん」

小さい子に、言い聞かせるような。柔らかくて、真摯な声。
乗り越えられる。
だってあのデスゲームでさえ、乗り越えたのだから。


「はい。……はい!」

ぎゅっとシーツを握りしめたサラの手に、骨ばった大きな手が重なった。





「これからもよろしく。相棒サラ。」


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