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「…でなあ?俺はそいつに、熱い拳をお見舞いしてやったわけよ!!」

「…へえ〜!そうなんですね!海藤かいとうさんかっこいいです!!」

海藤さんは、もう何度目か分からない話を私にしている。すっかり楽しんでいるようだ。一方で杉浦すぎうらくんは、私が海藤さんに対してかっこいいと言うたびに不機嫌になっていた。

「もう海藤さん!さっきから同じ話、しすぎ!僕は名前さんの話が聞きたいんだけど!…ねえ、名前さんは好きな食べ物はある?」

「え?あ〜、食べ物なら基本何でも!特に甘い物は好きです。パフェとか!」

こう見えて私は根っからの甘党である。普段はそんな風には見られないが、キャバ嬢として接している今なら違和感は多少薄まると思い、本当のことを言う。

「へえ〜!いいね!休みの日とかは何してるの?」

休みの日、と言われて私は考える。お菓子作りといったような女の子らしい趣味が言えればよかったが、あいにくそんな趣味は持ち合わせていない。最近はもっぱら、推しの俳優が出演しているドラマを見たり、ユッターで感想を呟いたりしかしていない。しかし、キャバ嬢としてそんな発言が許されるのか。ここは嘘でもついて乗り切るか…?

「う〜ん…、最近は『ST(エスティー)』っていうドラマを見てますね〜」

嘘は言っていない。本音でいえば、物語を差し置いて推しのアクションシーンを見たいがためだが。そう言うと、杉浦くんはまた不機嫌になった。なんでだ。

「…それって、白本大輔しろもと だいすけが出てるやつじゃん」

「そうです!ご存じなんですね〜!」

「さっき調べたからね…。…名前さんは、白本大輔のどんなところが好きなの?」

“さっき”とか言ったら知り合いだとバレないか?…まあ、店長にはバレてるからいいか。…だとしても、こんなところで推しの好きなところを言うなんて公開処刑にも程がある。言い渋っていると、杉浦くんが「ねえ、どんなとこ?」と催促して来るので、私は答えた。

「えっと…笑顔が可愛いところとか、対応が紳士的なところですかね…。あと、アクションもできるので…。多分CGなんですけどビルからビルへ飛び移ったりとか、そういうところも好きです…」

…恥ずかしすぎる。でも、杉浦くんも結構酔ってるみたいだから、明日になったらもう覚えていないだろう。そうであってくれ。

「ふう〜ん…。アクションができる、笑顔が可愛い紳士的な男か…。頑張ってみるよ」

頑張るとは何のことか聞く前に、杉浦くんは続けて質問してくる。

「パルクールって知ってる?」

「へ?ああ!動画でなんとなくは」

「実際に見たことはある?」

「それは、ないですね」

私がそう言うと、杉浦くんはにっこり笑ってこう言った。

「じゃあ今度見せてあげるね!」

私は流れで「うん」と言った。それを聞いたあと、彼は急に少し真剣な眼差しで、

「あ、そうだ!どうせだったらさ、デートしよ?」

と言ってきた。これは演技か?演技だよな??どのみち、枯れた女にはクリティカルヒットなんだが。スーツにメガネなのもあってか、さっきまでと雰囲気が違ってドキドキする。イケメンは恐ろしい…。でも狼狽えてはいけない。杉浦くんがここまで本格的に演技をしてくれているのだから、私も返さなければ。

「え〜?どうしようかな〜?…じゃあ、す…寺澤てらさわさんが、シャンパン入れてくれたら、良いですよ?」

「いいよ!」

食い気味のイエスが来て少し困惑したが、これは演技…!と自分に言い聞かせ、私はボーイにシャンパンを注文した。海藤さんはいつの間にか夢の中だった。

「これで約束だよ、名前さん?」

杉浦くん、迫真の演技すぎないか?
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