これまでも毎日必ずいるわけではなかったが、3日連続で来ないのは初めてだった。
「まぁ、約束してたわけじゃないもんね」
誰に言うでもなく呟いた声は拾う人もなく、殊の外虚しく耳に残った。
***
何だか仕事に身が入らない日だった。そんな日に限ってタスクが重なり、1人また1人と帰る同僚達を横目にノロノロとパソコンに向き合っていた。今日は金曜日だから残っている人もまばらで、静かなオフィスは細かな数字を見る作業をするには最適だ。日中なかなか出来ない集計や数値分析を黙々とする内に、気が付けば20時を回っていた。
やろうと思えばいくらでもできるが、逆に言えば終わりは無い。一段落した今の内に今日は終わりにしてしまおう。そう思ってパソコンをシャットダウンし、コード類をまとめて立ち上がる。弊部署はフリーアドレス制のため、自席というものが存在しない。社員証を翳すと開く電子ロッカーに社用端末をまとめて放り込むと、仕事を終えた実感が増すから一日の中でも好きな時間だった。
明日は休みだから外食をして帰ろうかな、とエレベーターの中でスマホを取り出す。地図アプリを開くと、雑誌や友人から聞いた気になるお店に立てたフラグが地図を埋め尽くさん勢いで立てられているのだ。今日はどこに行こうと地図を眺めていると、エレベーターが途中のフロアに止まる。10階を示す電光掲示板に、月曜日にも行ったなぁとぼんやり思う。誰か乗ってくるのだろうと1歩後ろに下がるのと、扉が開くのはほぼ同時だった。
「あー!!」
「……この時間に会うのは初めてだな」
3日ぶりの良い声が疲れた脳に響く。久しぶりにこんな時間まで残業したせいで幻覚だろうか。右手で頬を抓るが、普通に痛かった。相当なアホ面だったのか、良い声の人―もとい照星さんは目を瞬かせると次の瞬間には顔を逸らして肩を揺らした。
「君のそれは癖なのか?」
「そこまで堪えるならいっそ一思いに笑ってください……」
笑いをかみ殺す照星さんに、ジワジワと羞恥心が煽られる。癖と言われてピンと来なかったが、そう言えば月曜日にも同じようなことをした記憶がある。断じて癖では無い。ないのだが、平凡な人生を歩んできた私にとって照星さんとの出会いはそれほどに青天の霹靂だったのだ。自分の声フェチ疑惑もたった一言で朝が楽しみになることも、どれも初めての事で、突然日常に降って湧いた非日常を夢と思っても致し方ないと思う。
「今日は出社されてたんですね」
「いや、出張で帰ってきたところだ」
「出張に行かれてたんですね!朝、いないなぁと思ってたんです」
「火曜日の夕方に急遽決まって、ようやく帰って来れてな」
「急遽で3日間も……それは大変でしたね」
「お疲れ様でした」と言えば、表情を緩めて「君も一週間お疲れ様でした」と返してくれるものだから、今度は私が顔を逸らす番だった。 また1つ良い声語録が増えたが、自分に向けて発される言葉はやはり格別だ。ニヤける口元を誤魔化すように両頬を引き上げていると、聞き慣れた無機質な「1階です」の音と共にエレベーターの扉が開く。
この時間のエントランスは人も疎らで、朝よりも広く見える。一人で歩くと遠く見える出口が、今日は三歩で着いてしまえそうなほど近く見えて、息が詰まる。約束しなかったから会えなかった朝のことを考えて、「約束してたら?」と咄嗟に思い至ってしまった。そんな仲良くもないのに、とか名前も直接聞いてないのに、とか、色々思うことはあれど、一瞬の逡巡の後、隣を歩く照星さんを呼び止める。
「あ、あの!ご飯はこれからですか?」
「ああ、何も考えていないが」
「それならご一緒にいかがですか!?」
なんてことは無い、友達や同僚にも言う言葉だ。それなのに一世一代の告白のような感覚だった。恋愛バラエティのように直角お辞儀に手を差し出して、という訳では無いが、気持ち的にはそれに近い。
「もちろんお疲れでしょうし良かったらなんですが!私も久しぶりにこの時間まで残業してたので自炊する気力がなくて食べて帰ろうと思ってて……あ、金曜日のこの時間で予約無しで入れそうなところはいくつか候補があるので!和洋中対応できます!飲み屋から定食屋まで任せてください!」
聞かれてもないのに謎のプレゼンをかましながら、「私は何をやっているんだ?」という思いが過ぎる。過ぎるが、もはや後の祭りだ。なるようになってしまえ。そんな気持ちでテレビ通販もかくやの演説を繰り広げる姿を、照星さんは目を丸くして見た後、吹き出すでも顔を顰めるでもなく、穏やかに笑って首を縦に振った。
「ああ、そうだな。君と食事が出来たらここ数日の疲れもとれそうだ」
首を縦に振ることが肯定を意味している、という事を瞬時に理解が出来なかった私は、さぞや間抜けな顔をしていただろう。可笑しそうに笑いながら「朝から食べていないから酒よりも定食がいいな」とリクエストをされて初めて、お誘いが受けられたのだと理解した。
「えーと、一緒にご飯を食べていただける……?」
「違うのか?君から誘ったのに」
「ち、違いません!まさか乗っていただけると思わなくて!」
ブンブンと首を横に振って慌てて否定した。ジワジワと喜びが湧き上がり、顔がニヤける。手の平を添えて緩む頬を抑えるがら、とても真面目な顔など出来そうになかった。
「て、定食屋ですね!焼き魚が美味しいお店があって……ここなんですけど」
「いいな、美味しそうだ」
スマホで目当ての店を開いて話すと、照星さんが横から覗き込んでくる。普段であればさほど気にしないのに、横を向けば当たってしまいそうな肩に心臓が早鐘を打つ。会えなかった3日分の供給だろうか。店に着く前に心臓発作にでもなってしまいそうだ。この一週間で一生分の稼働をしているのではなかろうかとほんの少し心配になる。
「よく一人で外食を?」
「基本的には自炊してるんですけど、残業した日は外食しちゃいがちですね」
お恥ずかしい、と笑うのにフッと表情を緩め「私もだ」と返してくれる姿は非常に眩しい。芸能人をリアルで見るとこんな感じなのかな。それにしても私の脳内は騒がしい。先日同僚に言われた「元々おかしい」の片鱗を自覚しそうになり、そっと考えることをやめる。
「照星さんも料理するんですか?」
「凝ったものは作らないが……」
「?どうかしました?」
口元を抑えて顔を背ける仕草はもはや見慣れてしまったが、笑われる要素などあっただろうかと、言い淀む姿に首を傾げる。
「いや……名前、知っていたのか」
「え?……あ!」
うっかり口に出してしまっていたことに気が付き、手で口を塞ぐ。我ながら遅過ぎる動作だ。元々「次に会えたら呼ぼう」と思ってはいたが、急に呼ぶのも気持ち悪いだろうかと本人に了承を取ってから呼ぼうと思っていたのに、脳内で何度も呼んでいたからつい出てしまった。咄嗟に「すみません」と頭を下げるも、「好きに呼んでくれ」と言われ反射的に顔を上げる。
「良いんですか?」
「あぁ、お互い様だからな」
「……?」
「折角だから食べながら話そう」
「そ、そうですね。私もお会いできたら話したいことがあったんです」
二度目の「私もだ」に胸が踊る。残業して良かった、なんて普段絶対思わないことを考えながら、ネオンの灯る街へと足を踏み出した。
***
「何にしますか?」
「そうだな……君のオススメは?」
「そうですね、1番人気の鮭はいくらが乗ってて間違いない美味しさですし、個人的には鯖の味噌煮が好きです。お店オリジナルの味噌を使ってるらしくて、ご飯に合うんですよ」
「そうか、それなら鯖の味噌煮にしよう」
カウンター越しに会話が聞こえていたのか、すぐに気が付いてにこやかな笑顔で伝票を持ってくる店員さんに「鯖の味噌煮定食二人前」を注文すると、沈黙の間が訪れる。
勢いで誘って来てしまったが、冷静になればなるほど自分の愚行が恥ずかしい。いや、結果オーライで現状は身に余る幸福なのだが、あまりの醜態に憐れまれて着いてきてくれたのではないかと心配だった。明日からそっと距離を置かれたら泣くかもしれない。
手持ち無沙汰で手を拭いたおしぼりでひよこを作っていると、横から「器用だな」と感心するような声が降ってくる。
「子供の頃からの癖で……お恥ずかしい……」
「愛らしいな」
ひよこに向けた言葉だとわかっている。わかっているが、存外優しい声音に驚いて上げた視線が絡んで目を細められると、自分に言われてるような錯覚をしてしまい、自意識過剰さに羞恥心が込み上げた。わぁわぁと脳内で叫びながら、このままでは本当に心臓が持たないから「そう言えば」と別の話題に話を逸らす。
「なんで私の名前を知っていたんですか?」
一番気になっていたことでもあり、オフィスビルを出る時に話していたことでもある。答えがどういったものかわからない上、先程の優しげな視線を真正面から受け止められる自信もなく、コロコロしたフォルムのおしぼりひよこを指先で突く。
「……三ヶ月ほど前に、十五階のカフェスペースで君を見かけた」
「さ、三ヶ月前ですか」
全く予想していなかった話の切り出しに、必死に三ヶ月前の記憶を辿る。勿論、日常使う場所でのピンポイントな日付の思い出はまるで思い出せない。
「昼休みでもない半端な時間に、君が端の席で後輩を慰めていただろう。なんの話かはわからないが、聞こえてきた君の言葉が胸に残って忘れられないんだ。その時に葵先輩、と後輩の子が呼んでいたから名前だけ知っていた」
「……私そんな衝撃発言してました?」
仕事が上手くいかずに落ち込んでいる後輩をカフェスペースで慰めたことは覚えている。自分も新人の頃通った道で、自分なりの努力が成果に結びつかず、数字が上がらなければ上から詰められる日々にメンタルを病んで辞めた人も見てきたから、自分が悪いと責める後輩を落ち着けようと、人の少ない時間帯にカフェスペースに行った記憶がある。
確かあの時はオフィスでは話しにくい愚痴を吐き出してもらえたらと思って、相槌ばかり打っていた気がする。何事もまずは傾聴、自分のアドバイスなぞ下手をすればただの老害だ。最後の方で二、三言何かを言ったような記憶はあるが、あまり覚えていなかった。
「自然と出るくらい、君にとっては当たり前のことだったんだろうな。『やらない後悔よりやる後悔』、いい言葉だな」
「なんか、改めて言われると照れますね……!」
「それ以外にもまぁ色々……とにかく良い先輩だと感心して覚えていたんだ」
どうしよう、すごく嬉しい。大人になって仕事で褒められることはすっかり減って、年を重ねるごとにできて当たり前と思われる。それが嫌だとか間違ってるとは言わないが、人間とは単純なもので、幾つになっても褒められたり認められることは嬉しいのだ。ましてや、わかりやすい数字ではなく仕事のスタンスを褒められるのは、人間性を認めて貰えたようで、鼻の奥がつんと痛んだ。
「ありがとうございます……とても、とても嬉しいです」
「コンビニで見かけるようになって、いつか話しかけようとは思ったんだが、まさか仕事中に会えるとは思わなかった」
「やっぱり、コンビニにいるの気が付いてたんですね」
「あれだけ見つめられてたらな」
苦笑する照星さんに、全て知られていた恥ずかしさやら褒められた嬉しさやら、表情筋が緩みっぱなしで隠すように顔を覆う。
一方的な、しかも声だけという憧れの人が自分を知っていただけでなく「良い先輩」と気に留めていてくれたなんて、なんて奇跡だろう。ちょっと、いや、だいぶ泣きそうだった。
手の平の中で気を落ち着けるように息を吐き出し、気の良い店員さんの「おまちどおさまでーす!」と言う声に顔を上げる。目の前に置かれたら定食に、ホッとした気持ちになった。「冷める前にいただこう」という言葉に賛同の意を示し、手を合わせる。隣で同じ仕草をする照星さんをちらりと見やると、薄く笑みを浮かべた表情と視線が絡む。慌てて前を向き直し「いただきます」と呟けば、毎朝焦がれた声で「いただきます」と聞こえてきて、やっぱり良い声だなぁと夢見心地で思った。
「これは……美味いな」
「照星さんのお口にも合って良かったです!やっぱりご飯は生きる糧ですねぇ」
このお店に来るのは久しぶりだが、やはり和食はホッとする。箸を当てれば解れる柔らかい鯖と、食欲そそる味噌の香りが残業終わりの身体に染み渡る。さっきから色んな理由で頬が緩みっぱなしだが、怒涛の幸運に恵まれては顰め面をしている方が罰当たりだ。謎の理論を脳内で展開しながら、箸が止まらない。ソッと横目で隣を伺うと、照星さんも黙々と食事を進めていた。朝から食べていないと言っていたから、本当にお腹が空いていたのだろう。心做しか柔らかな表情を浮かべている様子を見ると、勧めた手前口に合ってよかったと安堵の息を漏らした。それにしても食べる姿も綺麗とはどういうことだ。箸の持ち方、伸びた背筋、空腹故か食べる速度は早いが、丁寧に咀嚼し、味わいながら食べる姿に、また完璧ポイントが溜まっていく。完璧ポイントが何かは知らないが。
「そんなに見られると食べ辛いんだが……」
「はっ……すみません、食べ方が綺麗だなとつい見惚れてしまい……」
「……先程の話の続きだが」
「あ、はい」
脳直で話す癖、改めよう。脳内反省会の議題として頭に留めておきながら、照星さんからの言葉の続きを待つ。
「君は何故、私の名前を?」
「ええと、本当にたまたま偶然のことなんですが」
決して自分から探りに行った訳では無いことを強調する。懐が広そうな照星さんだが、自分で自分の奇行の自覚はあった。未遂ではあるが社員リストから探し出そうとしましたとは、流石に言えそうになかった。
「雑渡さんが照星さんの名前を呼んでて、それで聞きました」
ガタリとお盆と食器が音を立てる。慌てておしぼり片手に横を向くが、ただ食器が当たってしまっただけのようで零れたり割れたりしている訳ではなさそうでホッと息を吐いた。……までは良かったが、初めて見る照星さんの苦虫を噛み潰したような顔に驚いて目を見開く。
「し、照星さん?」
「君は雑渡昆奈門と知り合いなのか?」
「え?はい、実家が近所だったので小さい頃から可愛がってもらってて。雑渡さん、照星さんと昔馴染みって言ってましたけど……何故そんな顔を……」
雑渡さんの口振りから「付き合いも長く仲も良い友人」だと思っていたから、あまりの反応の差に目を白黒させる。初めて見る表情は新鮮で見せてくれることは嬉しいが、嫌そうな顔をされると自分に対してでなくても落ち着かない。
暫し顔を覆って溜息を吐いていた照星さんだったが、「すまない、気にしないでくれ」と首を振ると、こちらを向いて微笑んだ。微笑みの爆弾ってこのことかと、またも脳内で自己完結を繰り広げる。
「もしかしてあまり仲良しでは……?」
「仲良くは無い、断じて」
低く通る声の断言はこうも迫力があるのか。舞台俳優と言われても納得出来てしまうし、この声で「犯人はお前だ」と言われたら全くの無実でも「そうです私です」と言ってしまいそうな、天啓のような声だった。照星さんが弁護士や検事でなくてよかった。
「そうか、君に名前を教えたからあんなメッセージが……」
「雑渡さんから何か言われたんですか?」
眉間のシワを押さえながら暫し逡巡した後、照星さんはスマホを取り出すと少しの操作をしてこちらに差し出した。見ろということだろうかと、画面を覗き込むと、見慣れたメッセージアプリのトーク画面が表示されていた。
「えーと、『照星って良い名前だよね』……?」
「突然これだけ送られてきたんだが、君に名前を教えたからだったんだな」
苦々しげに言いながら味噌汁を啜る照星さんに苦笑する。人のスマホをあまり見るのは落ち着かなくて、画面から視線を上げる。……トーク画面、雑渡さんからの一方的なメッセージしかなかったような気がするけど気のせいかな。トーク画面上部に表示された「友だちではないユーザーです」の方が気のせいだと思いたかったな。
「でも、照星さんって本当に良い名前ですよね」
「……そうか?」
「はい!照らす星なんてロマンティックですし、人柄が素敵なので『こうなりたい』って憧れる人が多そうでピッタリだと思います」
実際に会って話せるようになって2回目の会話ではあるが、視野の広さや気遣いの自然さや仕草で自分の想像との乖離のなさ……むしろ想像以上の人間としての隙のなさに驚いた。シワやよれなくスーツを着こなし背筋を伸ばして歩く姿を見ると自然と自分の姿勢に意識がいくし、挨拶をしっかりとするのも意外とできていない人は多い。「当たり前のこと」を当たり前に出来るだけでも好感度は簡単に上がるのだ。
熱弁する私に呆気にとられたように目を開いていた照星さんは、フッと表情を和らげると今度は語尾に疑問符がない「そうか」を零した。
皿に残った最後の小鉢を食べ終え、同じタイミングで完食した照星さんと「ご馳走様でした」と手を合わせる。満足度の高い食事に胸が満たされると同時に、この時間が終わってしまうのが惜しい。しょんぼりとする気持ちを飲み込みながら席を立ち、照星さんに「ひとつ頼まれ事を引き受けていただけませんか?」と言われて首を傾げる。
「天気予報で雨が降っていると表示されているので、降っているか見て来てもらっても?折りたたみ傘が荷物の奥に埋まっていて」
「わかりました、見てきますね」
少し奥まった席に座っていたので、ここからでは外の様子が見えない。出張帰りにしては身軽だが、手荷物鞄は確かに荷物が詰まっていそうだった。二つ返事で席を立ち、店員さんに会釈をしながら入口の扉を潜ると、春の夜の心地好い風が吹き込んだ。
雨は降っていなかった。繁華街の真ん中で空模様はよく見えないが、雨が降る前特有の湿気もそこまで感じない。これから通り雨でもあるのだろうか。とりあえず降ってなくて良かったな、と思いながら席に戻ろうと振り向く。
「あ、照星さん!まだ雨は降ってないみたいです」
「あぁ、良かった」
「あれ、荷物……?」
振り向いた先にいた照星さんは、自身の荷物の他に私のショルダーバッグも携えている。締まり掛けの扉の内側から聞こえる「ありがとうございました〜!」という気持ちの良い声に事態を察し、血の気が引く。
「お、お会計は!?」
「もう済んでいる」
「現金とペイペイどっち派ですか!?」
「カード派だな」
「私から誘ったのに奢られたら立場がないです……!」
受け取ったバッグから財布を取り出す私を手で制しながら、照星さんは「お代の代わりに」と、いつぞや私が持ち出した交渉を彷彿とさせる言葉を紡ぐ。
「なまえさんのオススメのお店が気になるので、またご一緒しても?」
「そ、それは代わりになるんですか?」
「勿論。予定の相談もしたいので、連絡先を貰えると助かるんだが」
断る理由もなく、慌ててスマホを取り出す。ユーザーコードを開き、差し出すより前に読み取られる様子を夢見心地で眺めていると、すぐに「友だち追加されました」の表示が現れる。デフォルトのアイコンで「照星」と表示された文字が妙に輝いて見えた。
「わ、私意味無くスタンプとか送るタイプですけど大丈夫ですか?」
テンパった挙句出たのかそれかと、同僚が隣にいたら小突かれていたに違いない。けれど照星さんは面を食らったような顔をした後、「楽しみにしている」と笑った。