蕾のまま夢を語った


廊下は走るな、と学校で習いはするがそんなものまともに守っている人がどれだけ居るか。少なくとも今この時点で本部基地の廊下を疾走する二人の女子高生は守れていないと言う事だけははっきりと言えるだろう。ドタバタと言い合いをしながら同じ方角に向けられる足並みから察するに向かう場所は二人して同じらしい。


ドドドドド――――――…バンッ!


「「姐さん居ますか!?」」


勢い良く開け放たれた其処は二人の女子高生が同時に口にした『姐さん』という人物の元隊室。ゼェハァと軽く肩を上下させ、息を吐いては吸ってを繰り返しなんとか呼吸を落ち着かせた二人はまた別の意味で息を切らす羽目になる。


「「わーーーー!」」(ピロリーン♪)


断りの声も掛けず、入っていいとの合図も受けずに開け放たれたせいで、ばっちり入ってすぐに遭遇してしまったその光景に二人して叫ぶ。一人はこれまた持っていた携帯で証拠写真を収め、方や一人はその撮影された画像を口に手をあてはめながら確認していた。

「なにやってんの!?ねぇねぇなにやってんの!?」
「いい眺めね。これ私にも送っといて」
「ばっか、グループのとこに貼っとくから!皆にも見せるから!」
「あらどっちのグループに載せるつもりよ」
「自重して慶達んところ」


「お前ら…」


ゆらり、起き上がった。二人の笑いの元凶となった男は地を這うような絶対零度の声で空気を凍らせる。しかし騒ぐ二人に届く様子は見られない。今もキャーキャーと女子特有の高い声音を響かせ静かに怒りを見せる男などそっちのけだ。結局そんな馬鹿みたいなやりとりのブリザードが吹く、この場を嗜めたのはこの場にそぐわない脳天気な言葉であった。

匡貴、望、紅香。

騒音の中では限りなく届きにくい呼び声であったにも関わらず、その声に従うようにぴたりと動きを止める三人。そして次の瞬間、予想もしない発案に三人して間抜けな表情を浮かべるのであった。



☆ ☆ ☆



時を遡ること約数十分前。

「え!?東隊解散するの!??」
「解散するとは言ってないわよ」

只今絶賛ドフリーのB級隊員牡丹道紅香は、ラウンジを出てすぐの廊下でばったり出会したA級隊員加古望と並んで歩いていた。「あら、#紅香」と声を掛けられては気づかない筈も無く、「ちょっと聞いてよ望〜」と先程ランク戦ロビーで聞いた東からの話を誰かに聞いて欲しかったのか、これみよがしに加古に絡みに行った。そして、それは加古も同じだったようで。

「今から行くところだけど紅香も一緒に行く?」
「行く行く!あれ、でもなんで望まで行くの」
「自分の隊立ち上げるときに誰を誘うか考えときなさいって言われたのよ」
「え!?東隊解散するの!??」
「解散するとは言ってないわよ。でも…、」
「でも?」

「視野には入れておいた方がいいのかも、しれないわね」

寂しいのかと思わせるようなトーンの落ち方に気づいたのは、友人が東隊をどれだけ大事に思っているのかを知っていたからかもしれない。ふむ、ここは自分が切り替えせねばと紅香はなんとか繋げれそうな話題を手探り寄せる。手探り、寄せていたのだがそれよりも早く加古から話を振られた。ランク戦ロビーで東から話しかけられた話題を。

「それはそうと紅香」
「ん?」
「貴女自隊作るんですって?」
「皆その話題好きだよね」

皆、というか振られたのは東と加古の二回だがこの調子で行けば行く先々で問いかけられそうだ。そんなに珍しいかと明後日の方向へ視線を遠ざけていればだってと続けられる。「紅香ったら何処の誘いも突っぱねてたじゃない」と。そしてこうも続く。「だからてっきり紅香は隊に入るの嫌っているのだと思ってたわ」と。そこで頭にクエスチョンマークを浮かべながら「え、」と漏れる声は明らかに不意をつかれた疑問からだった。

「何処もって、慶んとこだけだよ来たの」
「あら、そうだったかしら?」
「えぇー、他どっか来た?」

えぇー、と再度ここ1、2年の記憶を探ってみるも全然思い出せない。自分の記憶力を疑った瞬間だった。

頭を抱える友人を尻目に、加古は笑みを溢す。

「もう姐さん以外決めたの?」
「いや、ぜんっぜん」

姐さんに至ってもまだ誘おう!と乗り出しただけなので本人の承諾がなければ意味がない。今から会いに行く人物を思い浮かべ、自分の隊に入ってくれるかなという不安と一緒にやっていきたいという期待の中迷いが生じない訳がなかった。全てが初めてなのだ。自分から頼みに行くなんて、師匠に弟子入りした日以来だ。

「でも、ドンちゃん騒げる隊がいいなぁ」

これからに馳せる思いがぽろりと漏れる。ノリのいい子達がいい。そりゃ腕がいいに越したことはない。しかし個人で戦うのとチームで戦うのとでは全く違ってくる。波長が合わなければいくら強くたってその強さは役に立たない。力を信用したところでそこに絆や信頼は生まれないんだ。それじゃ寂しい。ぼうっとした思考の片隅で嫌だと思った。クスリ、加古の含み笑いで現実に戻される。

「それはそれで紅香らしい煩い隊になりそうね」
「う、煩いってねぇ、それなら望はどんな隊作りたいのよ」
「私?私は、そうねぇ『K』で揃えたいかしら」
「え、『K』?」
「そ。ほら私のイニシャル『K』だから。チーム『K』なんてどうかしら?」

選別内容を絞れば絞るほど人材は限られ難しくなるが加古曰く、それが楽しいとのこと。無理ゲーでも叩きのめすように笑ってプレイしそうだよねこの人、と紅香はそんな光景を思い浮かべ薄く笑うしかなかった。

「そっか、姐さんイニシャル『K』だわ」

尋ね人、二人が姐さんと呼び慕う者の名は『キンセイ』と言う。そっかと再度納得する。そうねと間を置くわりに、どうやら友人は向かう前から決めていたらしい、と。

「それなら私も花の名前で揃えよ」

私『牡丹道』だし姐さん『菫青』だし。はいけってーい!とまた突拍子もない案に加古はいつも通りの笑みを浮かべるだけで、紅香の自分自身の首を自分で締めていることは言わないでおいた。


―――貴女、それ結構難しいわよ?

加古の呟きは紅香には届かない。

16.7.25
順番が逆転してましたすみません!姐さん側から読んでもこっちから読んでも恐らく大丈夫なんですが本当すみません( ´ ;ω; ` )