枯れた草原に一輪の青


「あぁー…」

眉間の溝を深くさせながら、画面を睨みつける男は唸り声を上げる。やはり落ちてますね、と告げられた本人よりも落胆したように見えるのはなんでか。反して宣告を受けた筈の本人、二本の花簪が彩る黒髪が特徴の女性、名を菫青要というが要はそうですか、と軽く返事をする程度だ。なんだこの違いはと別の意味で男はまた頭を項垂れさせた。

「あの、落ちてるんですよ、トリオン量」
「えぇ、見れば解りますが」
「いやいやなんでそんな興味無いような反応薄いんですか!?」
「歳、でしたしねぇ」

こればかりは仕方ないですよ、とのほほんと微笑みを浮かべる要に、画面を睨みつけていた男はもっとあるでしょこうなにかしら!と言葉に表しきれない諸々の感情を爆発させた。手振り身振りで心情をこれでもかと伝えようと試みるが、これまた要の浮かべる笑みに躱される。

「トリガー使えなくなっちゃうんですよ?戦闘員じゃいられなくなっちゃうんですよ!?それでいいんですか!??」
「何も戦闘員じゃなくなってもボーダーに居られなくなる訳じゃないですよ?」
「え、い、いや、そうですけど…ねぇ…」

何故伝わらない。

落胆するだとかもうそういった類の話等ではない。要は二年程前、近界民による第一次近界民侵攻によりボーダーと言う防衛組織が広く知れ渡る前からの構成員だ。つまりは旧ボーダー時代からの古株なのだ。年齢だから仕方ないで済まさないでほしい。それが男の本音だった。多くの隊員から尊敬され昔からの仲間からも信頼が厚いこの人が、もう戦場に立たないのかと思うとどうしても寂しさがこみ上げてくる。それは男に限った話では無い筈だ。しかし、現実は確かに要の言うとおりなのかもしれない。重たい溜息が溢れた。

「それで、辞めないんですよね?」

要は確かに戦闘員じゃなくても、と言っていた。

ずい、と身を乗り出し、真剣な面持ちでこれからのことを聞いてくる男。その問に、ぱちくりと目を瞬(シバタ)かせながら、要はここ検査室に訪れる数分前のことを思い出す。ある青年とのやりとりのことを。



『姐さん久しぶりー』『あら、迅じゃない』『ぼんち揚げ食います?』『要らないわ。貴方まだそんな不健康なもの食べてるの?ちゃんとした物も食べてるのかしら?』『ちゃ、ちゃんと食べてるって』『呆れた、それで?私に何か用なんじゃない?』『…敵わないな、姐さんには』『待ち伏せするならトリオン体解除しとけばよかったじゃない』『それでも姐さんには解ってたでしょ』『さぁ?どうかしら、最近てんで駄目だし』『それ…ってさ、』『覚悟してたことだから大丈夫よ』『……。姐さん、俺には視えてるよ』『何がかしら?私が此処を去ること?それとも、』『俺の視えてる未来ではさ、姐さん、』


『笑ってるから』


『…そう』『ん。じゃぁそれだけ伝えたかったんだ。俺はこれで帰るよ。あぁーそうそう、小南が姐さんに会いたいって駄々こねてたから近いうちに玉狛に遊び来てよ』『ええ、近いうちに、ね』




どいつもこいつもと思うとこはあるもののやはり自分にとっては可愛い後輩たちで、もしもと仮の話であっても自分がボーダーを去ることに寂しさ等を感じてくれているのなら、こんな嬉しいことはないのだろう。

うふふ、と考え込んでいた思考が現実に戻るなり思わず声が漏れる。それにギョッとする目の前の男に要は声音を弾ませて嬉しさと共に吐き出した。

馬鹿ね、

「辞めるわけないじゃない」

一人、だらしなくにやけた。



☆ ☆ ☆



プルル――…

一回で充分だった。
機械的な電子音に、沈みかけていた意識が現実に縫い付けられる。相手の表示も見ずに耳にあてがったその向こう側からは、心地よくも落ちついた女の声が飛んできて、ストンと、自然に認識の内側にやってきたその声は楽しげに事の次第を告げている。

「…邂逅、無意味」

ぽつり、不機嫌そうに漏れ出た言葉はたったの二言だけ。電話の向う側で、女は分かり切っていたかのように笑う。『まぁそう言わずに』宥めるようにもう一度会えと言う。会うだけ会ってから考えてご覧なさい、と嫌がる相手を説き伏せる。

携帯を握る手に力が入りミシリと不穏な音が出た。相手は、少女は、女の言葉に耳を貸しながらも納得がいかない様子で薄暗い周囲を右往左往と歩き出した。機嫌の悪さも隠そうとせずに、すぐ傍に転がっている物体を力任せに蹴り上げる。呻きながら蹴られた箇所を抑え潰れたようなそれには目もくれず、少女は溜息を吐きつつも「…了承」と電話口に返すと電話を切った。

16.6.15
トリオン器官の成長が止まったらサイドエフェクト持ってる人はどうなるんでしょうね。解らなかったので姐さんの場合止まったらサイドエフェクト自体落ちていく、と言う事にしちゃいました☆でもこうしないと話が…うぅ

ついでに言うと前半姐さんと話してた男の人の名前決まってません!付くかも未定です(´∀`*)

16.7.31 加筆修正