立腹

『なぁバーミー、これ何?』

いつだったか、兄貴達の仲間だとかいう男の家でそれを見た。詳しくは知んねぇし、周りから変人扱いをされている男だったから、その時はさして気にも止めなかった。

バーミリオン。通称バーミーはそれを指差すオレの所までやって来ると遠ざけるように注意を促す。

『ちょちょちょアイアン待て、そりゃあ大事なもんなんだ。まだ完成もしてねぇし一度ニールの奴に分解されちまってな、絶賛修理中ってわけだ。だから無闇に近づいてくれるな』

オレ相手だったからか、慌てたように近づいてきたが頬をポリポリ掻きながら促すもその口調は落ち着いているものだった。バーミーの同居人、コチニール相手なら確実に一発二発と鉄拳を交えながら強行手段を最初の段階でとるのに。

『ふーん』

その時はさして、気にも止めなかったんだ。


だから、それに埋め込まれていた筈の水晶をライムが拾ったと見せてきた時、親切心でバーミーの元に返そうと思った。
だけど、その水晶がバーミーとリラの口論に挟まれたそれに戻ったと同時に眩い光を放ち気づいた時には空高い上空に居ると分かった時、バーミーを殺そうと思ったのは仕方がないことだと思う。


▲▽▲▽▲▽


あの場に居たのはオレに事の元凶であるバーミリオン、それから仲間内であるライムにニール。そしてもう一人。事に鉢合わせるようにタイミング悪く顔を覗かせた馴染みが扉近くに居たが、あいつも巻き込まれたかまでは分からない。

落ちれば確実に命は無いであろう、雲の上より落下中のほんの数秒で元凶への殺意と現状把握をする。どういう原理かは帰ってから吐かせればいいとして、この状況をどうにかするのが先決か。空に突然放り込まれた事からして対象を移動させたか何かだろう、と言うのは容易に想像できるが何故『場所』が空なのか。

ふむ、と頭を捻ってみてもこれといった予想は浮かばない。まぁいいか。数日前に修理中だと言っていたモノだ。まだ終わってなかったから特定の場所に移れなかったのだろうと自己完結し、次に真下へと視線を移す。さて、そろそろ地上が見えてきた。体制でも整えといた方がいいか、などと暢気に構えていれば下からは何やら銃撃戦のような銃器の爆発音や争うような破壊音が耳鳴りのように響いてきた。そしてオプションで不穏な空気も感じられる。


なんだ?


不審に思いながらも落下速度が緩まることはない。そしてそのまま速度は更に加速し、二つの集団の丁度真ん中へと地面をめり込ませる程のけたたましい轟音を轟かせながら落ちていった。




今、何かが目の前に落ちてきた。

敵対ファミリーとの抗争の最中、砂埃と煙が立ち込める中でゆらりと一つの影が見えた。衝突の衝撃を物語るかのように瓦礫と化したアスファルトは見るも無惨であり、その上で影は辺りを見渡しているようにぐるりと動く。

「ボス!」

あまりの衝撃に敵も味方も抗争など忘れ、武器片手に固まっていれば後方の方から俺を呼ぶ声が上がる。その呼び掛けに答えるようにロマーリオ、と言葉が漏れる。しかし、沈黙はそう長くは続かない。部下達が駆けつけてくるあたりで敵が動きを見せたのだ。狙いは只一つ。今まで殺しあっていた俺達ではなく今し方なんの前触れもなく落ちてきた、影。

銃弾の雨が否応なしに影へと降り注ぐ。

晴れそうだった煙が再び影の周りを囲んだ。中がどうなっているのか分からないまま、流れ弾が周辺の家々も道連れに破壊していく。まずい。マフィア間の抗争とはいえ、まだ周辺には民間人も残っている。一瞬の遅れで関係のない彼等までも巻き込んでしまうことだけは避けなければと俺達も応戦すべく銃器を持つ。狙うは敵側とは違い影ではなく、煙の向こう側の奴等。しかしそれでも、影には当たってしまう事には変わりないが敵である可能性も捨てきれない。結論を出す暇もないまま、瞬く間に一方的な銃撃戦は渦のように巻き起こった。




乱戦だった。少なくとも、煙が晴れきるまではそう見えていたはずだ。

「……なっ」

皆が一様に息をのむのが分かった。ありえない、と誰かが零す。化け物だ、と震えた者も居た。

集中砲火のど真ん中に立つ人物が居たのだ。そいつの容姿は一風変わっているように見えた。遠目からでも分かるほどに綺麗な顔立ちをした、男か女かもわからない中性的な奴。そう、影の正体が立っていた。俺達側が諸に狙っていなかったとしても、あんなにも銃弾を浴びていながらその姿には傷一つついていない。

なんだ、こいつは。

異様な状況に、やけに息をのむ音が響いて聞こえる。緊張した雰囲気の中で鋭い視線とかち合った。あいつだ。影の正体と思わしいそいつの──右側は前髪で隠されている──唯一隠されていない左側の瞳と目が合った。ふっと溢す笑みは不敵で妖艶だ。そいつの足元に転がる不自然に曲げられた銃弾など目に入らないほど、そいつに目を奪われていた。

『いきなり攻撃してくるたぁ、ひっでぇなぁ』

ギロッ、睨み付けてくるそいつは聞いたこともない言語を話し、今一度辺りをぐるりと警戒するように見渡す。ごきりと重たい音を首から鳴らしながら、臨戦態勢にも関わらず攻撃してくる素振りの見られない、かと思えば攻撃できる程の隙も見られない。先程の事を除いたとしてもその体制は手練れだと分かる奴には分かる、それほどの強者。


しかし、

「う、うわああああああああああ!!!!」

あちら側はそれが分からなかったらしい。


じりじりと間合いを見計らい距離を保ちながらどう出るか、敵も味方も、そしてそいつも状況を見ていた最中、敵の一人が馬鹿の一つ覚えのようにそいつに銃を乱射しながら突進していった。その行動に溜め息を溢すそいつ。確かに呆れて物も言えねぇよな。勝ちを捨てたも同然なのだから相手にするだけ無駄だ。

それが分かっているからこそ、そいつもその場を動こうとしなかった。煙で見えなかった先程の、銃弾を打ち落とした手捌きが今度ははっきりと見え圧巻する。目にも止まらぬ速さ、と言った感じだ。あれだけの動きからして詳しくはないが拳法家か何かなんだろうかと思うも、それにしてもその身に纏っている物はそうは見えない程のボロボロの服だ。そう黙って推察していると同時に突っ込んできた相手を見事な回し蹴りで伸すそいつ。得たいの知れない奴とはいえ見事。

しかし、伸された敵はあろうことか意識を手放す直前で無鉄砲にもその引き金を引いてしまった。周りの見方にも俺達の方にも流れ弾が飛んでくる。それで気を緩めていた訳じゃねぇから対応はできるが、ふと見えたそいつは自分には関係ないように澄ました顔で避けていた。そう、避けていたのだが、瞬間強張るそいつの表情。

違和感。

関係ないのは当たり前だ。俺達マフィアの抗争にあいつは関係ない。どちらの組織の一員でもないのは明白なのだからそれは当たり前なんだ。じゃあなんで、そこまで考えてそいつの視線に漸く気づく。

逃げ遅れた民間人の子供が居た。

クソッ、舌打ちしたくなる腹立ちさを抑え、子供らに向かう銃弾を鞭で凪ぎ落とそうと振るった。

一瞬だった。

その瞬間、怯えきった子供らを光が包んだ。


17.6.6