災厄

ドゴオオォォォオオンン!!!


けたたましい轟音を轟かせ、何かが目の前を通過していった。ボスとしての仕事中のこと、部下や守護者の任務について、新入りの実力に応じての配置など遣ることが多く夥(オビタダ)しい量の書類と向き合っていたそんなくそ忙しい頃。ミキッ、と軋む音が聞こえてきたかと思えばそこからは早かった。亀裂は一気に広がり、何かが天井と同じように床も破壊しながらとんでもないスピードで落ちていった。

一瞬の出来事で超直感も働かなかったことから数秒の停止のち自分でも血の気が引いていくのが分かる。また雲雀さんと骸が本部の破壊活動でもしているのか、はたまたランボがリボーンにちょっかいを掛け吹き飛ばされたのか。その修繕費が一体どれだけ掛かるのかあいつらは毎度のことながら知っているのか。いや、ボンゴレの財力ならそんなこと微々たることだが少しでも考えてほしいと頭を抱えそうになる。が、ふとそこで違うと思考が途切れた。

「あれは、なんだ………」

落ちていく塊は一つだった。

そして一瞬ただ見えたのは、金色。


▼△▼△▼△


『ああああの!私の話を聞いてください!』
「君、何言ってるのか分かんないんだけど何者?」
『武器!武器下ろして!』
「まぁいいや。君が何者であろうと関係ない」
『え!?な、何!!?うわ、ちょ、ちょっと!!』
「ボンゴレに侵入、守護者に危害、これだけで充分だよ。君はここで───」
『!!』
「咬み殺す」

何を言っているのかさっぱり分からないが当てられた殺気にこの人が話を聞く気が無いことだけは分かる。というか言葉が通じない。話し合う余地なしじゃお手上げだ。


...───ガキィィン


何度目かのぶつかり合う音が鳴り響く。振りかざされる銀色とそれを受け止め流す自身の体捌きがお互いの空間に疾風を巻き起こした。男の口元が楽しげに弧を描き艶やかな眼光が私の瞳を射る。

化け物みたい。ふと脳裏を過った故郷の馴染みある人達。あの人達より強いとは思わないが、それでも弱いとも思わなかった。

銀色が空を斬る度にすれすれで躱し、受け止めれば骨が軋むほどの威力に息が詰まる。『堅』をしているのにも関わらず眉間に皺が寄るほどの痛みが腕に走り、目の前の男に言い知れぬ恐怖を感じた。なんの力も持たないはずの『一般人』が戦闘慣れしているであろうことを抜かしてもここまで押してくるとは、散々修羅場を潜ってきたが初めての経験だ。少なくとも自分にとっては。

『もう!邪魔!』
「……ッ!」


キィィイン────ゴッッ!


銀色を受け流しやっと見えた隙を見過ごす程、いや、見過ごせる程目の前の男は甘くない。確実に逃げるために男の腹に集中した重たい一発が、綺麗に入った。防御に一瞬遅れたのだろう。驚きの表情を露にしながら吹き飛んでいく男を尻目に確認し、逃げる方向も分からないが再び足を全速力で動かす。と同時に始まる銃撃の嵐。まともに殺り合ってみても簡単に勝機が見えないなら、もう逃げの一本に絞るしかない。

あの男との攻防のせいで思ったよりも真っ黒集団に近づかれた。痛くも痒くもないが手足や頬などに弾が擦って、正直鬱陶しい。

えーっと、こう言う時って確か壁か障害になる何かを使うんだっけ。でも此処はあの真っ黒集団の縄張りだからあんまり中には戻りたくないんだけどなぁ。と言っても外を走り続けているというのに周りの景色が建物から一向に変わらない。つまり出口が見当たらないのだ。どんだけでかいお屋敷なんだ。しかも見渡す限り建物で囲まれているときた。完全に外に出る方角を間違えたなこりゃ。

『致し方なし………かな』

うしっ!腹を括ろう。いざとなったら、うん。

全力だ。


パリィィイイイン


屋敷に何度目かの硝子が弾ける音が響いた。




「状況は?」
「はっ!十代目!」

騒動が起こって直ぐに駆けつけた筈なのに、既にランボは伸され雲雀さんは侵入者と交戦していた。そして何より、本部が日頃の馬鹿共の破壊活動の比じゃないくらい半壊状態だ。これには青筋が浮かんだ。

「現在確認できるだけでも侵入者は雲雀と交戦しているあの金髪の女一人だけです。本部の周辺も汲まなく捜索しましたが匣兵器などのトラップも見当たりませんでした。」

隼人の迅速な対応に耳を傾けながら向かう視線は雲雀さんの攻撃を受け流す謎の女。かなりの手練れなのかあの雲雀さんと渡り歩いている。

見た感じ、まだ十代の子供だ。薄汚れた衣服に充分に摂れているのか疑問のある身体付き。どこかの敵組織から送り込まれたにしては不審な点が幾つもある。

「隼人は見たの?」
「え、何をですか」
「あの子が何処から来たのか」

正確には“降ってきた”のか。

「いえ、俺が騒動を聞きつけ駆け付けた時には侵入者は逃走した後でした。ランボに後を追わせ周辺の警戒に当たりましたが……十代目?」
「あの子………、」


空から落ちてきたんだよ。


言い切る前に隼人と二人して信じられない光景に口を噤(ツグ)んでしまった。あの雲雀さんが、侵入者によって吹き飛ばされたのだ。

「雲雀!」

破壊音を聞き終わる前に、侵入者は自分が吹き飛ばした相手を一瞥するだけに留め再び走った。銃撃を浴びても止まることのない幼い侵入者の背を見つめ、俺は隼人にただ聞く。

「隼人、雲雀さんなら大丈夫だ」
「そ、そうでしょうけど雲雀を吹き飛ばす奴ですよ!ここは俺が………」
「いや、いいよ。それより───」




やっばり中に戻って正解だったかも。

ふふんと敵の敷地内だけれど大した罠は見られず、出られそうな場所を探す。最初は反対方向の窓ガラスから逃げようと思っていたのだが、これもまた見渡す限り森ときた。いやいや森でもいいんだけどやっぱり用心はしておかないと。森に入るのは最終手段。一通り見て他にまともな経路、出来れば普通に道路とか住宅街とか見渡せる道があればそっちを使おう。玄関から出れば一番分かりやすいだろうし、目指すは広い空間に大きい扉かな。外に出れる扉って大体こんな感じでしょ?

少ない知識をかき集めやっと目ぼしい場所へと辿り着けた。曲がり角や襲いくる罠などを利用して真っ黒集団を減らしながら、広い空間が見える。無駄にでかい階段を一気に短縮し、やっと、やっと出られる。伸ばした手が空を斬る。


「おい、なんだこの騒ぎは」


そう言えば、誰かが言っていたっけ。


「お前、見ねぇ顔だな」


家に帰るまでが遠足だって。


扉が開かれた。そのノブにはまだ自分の手は触れていない。眩しいくらい光が反射して、中央に佇む影をより一層濃くした。



「そろそろリボーンが帰ってくる頃だ」


17.5.7