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「なんもかもわかったで。箕輪さんを自殺に見せかけて殺したんが誰かっちゅーことも、その殺人を可能にしたトリックも、……全部な!」
服部くんの台詞に固まる警察官の横を通って、そっと遠山さんの後ろについた。
「どーせ、君が言いたいのはさっきも刑事さんが言ってた、私達四人なら箕輪君を射殺できたっていうアレでしょ?」
と立石さんが怒ったように言う。
それに監督さんや水上さんが自分たちに殺せるはずないと同調する。それでさっき監督さんは声を荒らげていたのか。
それもそうだ。仲間だとか甘い理由なんかじゃない。吹雪の中、素人の彼女たちが狙撃できるとは思えない。怒る彼女たちの意見はもっともだ。
――さあ、服部くんはいったいどうするのか。
「確かにそうや……。ホンマに箕輪さんがリフトに一人で乗ってたとしたらな」
決め顔で言い切った。
周囲の人は驚き、どよめく。警察のおじさんたちが訝しげな表情を浮かべる。
「おいおい、まさかリフトに乗ってたバッグに誰かが入ってたっていうんじゃ……」
「でもあのバッグの中には雪が詰まっていたし、とても大人が入れる大きさじゃ……」
「ちゃうちゃう。入ってたんはこの大きさのバッグや」
服部くんは遠山さんが肩に掛けていたスポーツバッグを受け取ってみんなに見せた。そのバッグの大きさなら、確かに人が入れそうだ。
「バ、バカな。箕輪さんがわざわざ犯人を入れたバッグを担いでリフトに乗ったっていうのか!?」
「いや、バッグに入ってたんは犯人やのーて、……箕輪さん本人やったんや!」
再びどよめきが起こる。
まさか被害者が自らバッグに入っていたなんて普通は思いつかない。どうしてそんな不可解なことを? それに箕輪さんがバッグに入っていたなら担いでいたのは誰?
そんな私の疑問を服部くんが答えていってくれる。
「ファンにせがまれてスキーしてたとき、箕輪さんはゴーグルしててニット帽を被ってたやろ。顔のほとんど見えへんし、カツラで輪郭隠したら誤魔化せる。声はバッグの中で箕輪さんが受け答えしてたんや。そやから変装した犯人を箕輪さんやと余計に思ったんちゃうか」
「なるほど……。だからあの時、奴はバッグを担ぐまで無口だったのか……」
服部くんの推理に探偵さんは面白そうに口角を上げるが、立石さんは笑い飛ばす。
「冗談でしょ。人一倍プライドの高い彼が?」
「プライドが高いから入ったんや。恐らく彼のスキーの腕がプロ級っていうのは嘘やったんやろうからな」
「う、嘘って……」
「まあ、ちょっとは滑れたやろうけど、プロ級やないと思うで。さっきホテルで箕輪さんが出た『雪女の恋』と『雪女の怪』っちゅう映画のスキーシーン観たけど、ヒロインにスキーで駆け寄るときはキャップストラップがついてるのに、一回フレームアウトしてアップになったらストラップがついてなかったわ。これは滑るんは別人にやらせたってことやろ」
「そうやろ? 監督さん」と言う声で、みんなが監督を見つめる。
監督は思いつめたように地面を見つめている。
「ああ……。彼は滑れないわけじゃなかったが、最初の映画のときに足を痛めてしまってね。それでも自分で滑ると言い張る彼を説得するために、こっそり代役を立てることにしたんだよ……。そうしたら、そのスキーシーンが評判になってしまって……、二作目もスタッフに気づかれないように代役を……」
「せやからファンにせがまれたときも、代役に滑るのを任せて自分はバッグの中に入って待ってて、代役が滑り降りてきてバッグ担いだときに、ファンと会話することでその見栄を張り通したっちゅうわけや!」
「おい……、その代役ってまさか……」
一同が同じ方を向く。
大の大人を担ぐことができて、且つ誰かの真似をすることが得意……いや、それが仕事なのはこの中で一人しかいない。
「その役を任されて箕輪さんが入ったバッグ担いでリフトに乗ってまんまと殺しよったんは……、箕輪さんの前にも後ろにも下りのリフトにも乗ってへんかった、スタントマンの三俣さん、あんたしかおらへんよな?」
元々、箕輪さんのスタントマンは四年前亡くなった水上さんだったらしい。彼からその役割を引き継いだ三俣さんが利用したのが今回の事件のトリックだ。
「リフトの上でバッグに入った箕輪さんの頭だけを出して押さえつけ、こめかみに弾丸を撃ち込み、彼の死体をバッグから出し拳銃を握らせて、自分は空のバッグを持って飛び降りたというわけや! このリフトは地面と三メートルくらいしか離れていない場所が二箇所あるしな」
リフトに乗るときの箕輪さんは左に座っていて、バッグは右に置いてあった。そしてリフトに残る銃痕は右端。
リフトが山上に着いたとき、箕輪さんの死体は右に、バッグは左に移動していた。
リフトの上で左右を移動するより、右のバッグに入っていた箕輪さんを撃って、そのままバッグから出したと考える方が自然だろう。
サイレントをつけた銃で撃ち、地面に近づいたときに飛び降りて自分のスキーウェアなどを身につけたあと、ロケット花火の導火線に火のついた煙草をつけてペットボトルに設置する。あとは下に滑り降りて誰か――、立石さんと話しているときに時間差で打ち上がった花火の音でアリバイ証言を得た。
「し、しかし、あの雪の詰まったバッグはどこで……?」
警察のおじさんはそれでも不審そうにしている。さすが疑うのが仕事なだけある。
「言うたやろ? あのリフトは三メートルしか離れてへん所が二つもあるって……。そこにバッグ置いて、輪を逆さにつけたスキーのストックでひっかけてリフトに引き上げたんや!」
「なるほど」と探偵さんは納得するが、どこか挑発的な表情を浮かべる。「ストックは約一メートル二十センチ。片方のヒモにもう一本をひっかけてつなげ、腕を伸ばせば届きそうだが……、あの吹雪にあおられてうまく拾えるかな?」
ストックの先にヒモで引っかけただけなら、少しの風で外れて落ちてしまいそうだし、落ちなかったとしてもゆらゆら揺れて地面の鞄を確実に引き上げられるとは思えない。
そんな疑問も想定内とばかりに服部くんは落ち着いたまま「使ったんはストック一本や」と言い切る。
「残りの一メートルは、布製のバッグのヒモを長く伸ばして、水で濡らして凍らせて垂直に立たせて稼いだんや」
「でも、証拠は……」
「ちゃんとあるで、証拠も……。三俣さんが立石さんに会って、そのまま彼女とリフトに乗ってこのロッジで事情聴取受けてるなら、そのウェアの下にまだ着てるはずやで……、箕輪さんと同じウェアを」
三俣さんが箕輪さんのフリをしてスキーを滑ったときの服なんてかさばるもの、捨てることなんてできないから、どこかへ隠すかまだ着ているかの二択だろう。
−−って、殺人事件があったのに身体検査してないの?
びっくりしたけど、三俣さんは服部くんの言うとおり自分のスキーウェアの下に箕輪さんの服を着ていた。言い逃れすることができない証拠に、三俣さんは殺害の動機を語ってくれた。それは、一言で言えば水上さんの仇討ちだ。四年前、スタントマンを辞めて俳優になろうとしていた水上さんを口封じのために箕輪さんが殺害した。そのとき箕輪さんが使ったのと同じトリックを使って殺したそうだ。
三俣さんの自供を思いつめた顔で聞いていた監督さんは、話が一段落してから「じ、実は四年前の犯人は箕輪君じゃないかと思っていて……、それでこの映画を撮ろうと」と自白した。
「まだ誰にも秘密だったが、この映画の真犯人は探偵役の箕輪君で……、トリックも箕輪君が言った四年前のそれと同じ。謎解きのシーンでその脚本を見せたら、彼も観念して自首してくれるんじゃないかと踏んでいたんだが……」
まさか、こんなことになるとは、と自責の表情を浮かべる。
そんな回りくどいことせずに直接説得していたら、なんて終わった後だから言えることだとはわかっている。でもそう思わずにはいられない。
「刑事を辞めた俺が言うのもなんだが、そこまでわかっていたんなら、警察に話してこの馬鹿げた殺人を止めてほしかったぜ。……復讐は復讐を呼ぶだけで、達成感なんざ直に消えちまう……。手のひらに降る雪のようにな」
−−復讐は復讐を呼ぶだけか。
キザな言葉だけど、幼なじみを殺された当人の言葉だ。説得力がある。でも誰もが理性が勝つとは限らない。それをわかっていても三俣さんのように犯罪に手を染めてしまう人だってたくさんいる。そういう人をたくさん見てきた。悲しみの連鎖は、そう易々と断ち切れない。
この後のことをおじさんの刑事さんが話していると、ずっと電話をしながらごちゃごちゃ相槌を打っていた若い刑事さんが「け、警部! 電話の中学生はどうします?」と困惑気味に声を上げた。
−−中学生?
「その少年と全く同じ推理を……全く同じタイミングで話していたんですけど」
ピンときた。服部くんのライバルだな。同じタイミングで推理するなんて、ずいぶん相性がいい。さては相手も服部くんをライバル視してるのでは。
私はますます楽しくなるが、その一方服部くんはぶすっと不機嫌になっていく。
若い刑事さんが、ライバルくんが証拠のペットボトルを持って今からここへ来ると告げた。
よし、中学生探偵の邂逅の場面だ。
しかし、そんな私のまだ見ぬライバルくんへの楽しみは服部くんによって壊された。
「そやったら後はそいつに任せるわ」
面白くなさそうに言った。
思わず「ええ! どうして!」と声を上げでしまった。
「うわ! びっくりした。愛子ちゃん、いつからおったん!」
「へへ、お兄ちゃんの推理の最初から」
「こんな廊下で寒かったやろう?」
「へいきへいき」
心配する遠山さんを宥めて、もう一度服部くんに「どうして戻るの」と聞く。遠山さんもそれに同調する。
「一緒に行ったらええやん」
「アホ! オレは親父にヒントもろてバッグのベルト凍らしたことがやっと解けたんや。……一人で解いたその中坊に恥ずかしいて会えるか!」
どうやら私がいない間にそんなことがあったらしい。
まあ、相手の中学生が一人で推理したのに自分は父親からヒントもらってやっと解けたのなら恥ずかしいかもしれない。それも中学生なら、尚更「親に助けられた」っていうのが屈辱に感じるのかも。大人になれば使えるもの使っとけって思えるようになるけど思春期じゃあね。
「それにお前を下のホテルまで背負って降りやなあかんしな!」
「え? 平次なんで知ってるん」
「アホ、そんな足引きずって歩いてたらわかるわ」
捻挫のことだということはわかったけれど、遠山さんはさっき「大丈夫」だと言っていたし気にしてなかった。
服部くんが遠山さんのズボンの左裾をめくる。私もしゃがんで目を凝らして見てみるが、あまりわからない。言われてみれば腫れているような気もする。内出血をしているわけでもないから、おそらく軽い捻挫だろう。
ほら、と服部くんがしゃがんだまま遠山さんに背中を向ける。
ーーおっとこれは。
遠山さんの頬が赤く染まる。「え、でも」と戸惑っていると、服部くんはめんどくさそうに「はよしやな消灯の時間になんで」と急かす。頬だけではなく顔を真っ赤にさせながら、遠山さんはそっと服部くんの背中に抱きついた。
服部くんは「よっこらせ」と立ち上がると、私を見下ろしながら「ちゃんとついて来や」と軽く注意する。
「はーい」と返事をしながら、遠山さんの左足首に、触れるか触れないかの距離で手をかざす。捻挫で大事なことは、安静、冷却、圧迫、挙上だ。負ぶされて安静にはできている。挙上、つまり患部を高く上げるのは今はできない。あとは冷却と圧迫か、これなら私がどうにかできそうだけれど、どちらもピンポイントで焦点を当てるのが難しいものだ。寒くするのは、暖かくするのと原理は一緒だけれど足首だけというのはなかなか難しい。他に痛みを誤魔化すこともできるけれど、痛みを感じないと治ったと誤解して無理をするかもしれないから避けたい。あれもできないこれもできない、まったく自分の無力さを思い知る。それでも、せっかく力を持っているのだから使ってあげたい。面白いものを見せてくれた服部くんと、優しくしてくれた遠山さんに恩返ししてあげたいし。
しかたがない。神経を集中させて遠山さんの左足首の付近だけ温度を下げる。急激に下げるとバレてしまうから、少しずつ少しずつ。ちょうどいい温度で止めて、周りに影響が及んでいないことを確認してほっと息を吐いた。
あとは二人についてホテルに戻るだけだ。緊張して固くなった体から力が抜けた。