75

 ちくちくと突き刺さる視線に溜め息をついた。その瞬間、私の右隣を歩いていたバーボンが警戒心を強めた。

「心当たりは?」
「わからない。……でも、何もないと思うんだけどなあ」

 頭をひねる私に、ライが少しバカにしたように「どこかで変質者でも引っかけてきたんじゃないか」と笑った。この姿じゃ冗談では済まされない軽口に私は唇を尖らせ、バーボンは咎めるようにライの名を呼んだ。そして私たちの間に重い空気が流れるが、今回はライが悪い。
 久々にライと一緒に仕事をした帰り道、誰かに付けられている気配がした。それが私の気のせいでないのは二人の様子からもすぐにわかった。わざと一人ずつ単独行動をして誰が狙われているのかを調べてみると、見事私がターゲットだと判明した。気配はするのに、それがどこから来ているのかはわからない。バーボンとライは犯人を見つけるのがうまそうなのに、一向に特定できずどんどん機嫌が悪くなっていく。

「しかし、これだけ視線を感じるのに敵意がなことを考えると、愛子に興味か好意があるとしか考えられないだろう」
「好意があるから害がないというわけではないでしょう? 七歳の子どもに好意を抱いて一時間近くも付け回すような輩がまともとは思えません」

 バーボンは今にも舌打ちしそうなトゲトゲした語調でライに食ってかかった。最初こそ仲を取り持とうとしたが、一日中この調子なのでもう諦めてしまった。姿の見えないストーカーは気持ち悪いからバーボンが気を使うのもわかるし、敵意がないからほうっておけというライの言い分も納得できる。私はどっちになってもいいから口は出さない。
 バーボンの指示で尾行を撒くために、何度か角を曲がり行きよりも遠回りして車が停めてある駐車場に到着したころ、ようやく視線を感じなくなった。はたして撒いたのか、向こうが諦めたのか、それとも完全に気配を絶ってまだ近くにいるのか判断がつかないが車に乗ってしまえばこちらのものだ。さすがに歩きで車を追跡はできないだろう。
 運転席にバーボンが乗り、私は助手席に乗った。ライは別の駐車場に自分の車があるからここでお別れだ。わざわざ護衛としてここまでついてきてくれたライにお礼を言うために窓を半分くらい開けた。

「俺はもうしばらくここに留まって不審者がいないか警戒しておく」
「うん、ありがとう。ばいば——」

 すべて言い切る前に車が発車した。不安定な体勢だったのでシートに身体をぶつけた。痛くはないけれど驚いて心臓が飛び出そうになった。

「バーボン」
「……悪いとは思っているけど、あれはライの態度が悪いからしかたないんだ」
「性格が合わないのは前から知ってるけど、もうちょっと耐えてよ」
「それは無理だから諦めてくれ」

 我慢することなく溜息を吐き出した。だけど、いつまでもグチグチ言ってられないので、今度は胸いっぱい息を吸い込んで気持ちを切り替える。
 緑の多かった窓の外は、だんだん灰色に変わっていく。それにつれて、ぴんと張りつめていた緊張も解かれる。もうここまで来ればストーカーも追ってこないだろう。ボンゴレの私や組織幹部のバーボンとライでも突き止められなかったストーカーの正体を考えていると、バーボンが思い出したように声を出した。

「ベルモットの言っていたコネクションを作れたんだろう? どういうやつなんだ」
「うーん、まだちょっと知り合っただけだから、まだどうなるかわからないんだけどね。……風紀財団ってところの人」
「へえ……、愛子なら失敗はしないだろうけれど、危険な男には近づかないように」

 ある意味、恭弥くんはとても危険な男だと思ってしまって反応が遅れた。その間をバーボンは目敏く察知し、低い声で「今度調べるか」と呟いた。

「あーっと、そんなことよりバーボン! 相談に乗ってくた友達にお礼をしたいんだけど、何をあげたらいいかな?」

 誤魔化すように明るい声を出した。本当は友達——ロッシにお礼は言っても何かあげるつもりなんてなかったけれど、この話題を選んだのは正解だったようでバーボンの纏う雰囲気がやわらいだ。

「愛子のお友達かあ。……僕の意見で参考になるかわからないけど、最近よく会っている子なら喋っている間に喉が渇くだろうだろうしお友達の分のジュースを持って行ってあげるくらいでいいんじゃないかな? どんな飲み物が好きかは知っているのかい?」
「うーん。いつもブラックコーヒーを飲んでるからジュースの好みはわからないや。コーヒーでいいかな」

 ロッシの付属品といえばサングラスと煙草とコーヒーだ。もじゃもじゃ頭を思い出していると、バーボンが絶句していることに気づいた。

「え、お友達って小学生くらいじゃないのか?」
「ううん。バーボンと同じか少し上くらいの年齢の人だよ」
「女性だったり……」
「しないね」

 バーボンは渋い顔をして黙ってしまった。きっとバーボンは心配性だからいろんな葛藤があるのだろう。まあ私はなんと言われてもロッシと会うことは止めないけれど。バーボンもそれがわかっていたのか説得するようなことはせず、ぐっと口をヘの字に曲げた。

「身体を触られたり……」
「してない」
「何か買ってあげるって言われたり」
「してない」
「どこか二人きりになろうとしたり」
「してないよ。大丈夫だって。変な人じゃないし逆に学校行ってないことを心配してくれたくらいいい人だよ」
「……いいかい、優しいことを言って油断させてから豹変する人間だっているんだよ」

 たぶん私が何を言っても無駄だと理解した。
 年端もいかない少女と仲良くする大人の男の危険性を説くバーボンに適当な相槌を打って、研究所に着くまでひたすら無になった。

ヒトリヨガリ