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 問題の十一月七日、私は困っていた。予定では朝から松田の後をこっそりと付いて回り、必要とあらば警視庁の中に忍び込むことさえ考えていたのに、なぜか研究所にバーボンが来たのだ。たしかに普段から用事がなくても顔を見せに来るけれど、なにも今日じゃなくてもいいものを。
 私が目覚めるより早くに研究所に来ていたらしいバーボンは、私が研究所から出ようとしたところを捕まえて、それから十時半の現在まで一緒にいる。そのあまりに鮮やかな犯行に、まさか警察官に協力しようとしていることがバレたのかと思ったけれど、バーボンは監視や疑いの目を向けてくることはない。ただ、私と手を繋いで私が普段遊ぶ場所を回っているだけだ。
 ちらりと見上げたバーボンの顔色は、心なしか悪い気がする。

「バーボン、疲れた?」
「いや、これくらいなんともないよ」

 三時間ほどの間に数えきれないほど繰り返したやり取りだ。「疲れた?」って聞くといつもの余裕のある大人の笑顔を見せるのに、その数分後にはぼーっとどこか宙を見ている。正直、私は松田を助けに行きたいのでただ歩き回るだけならバーボンの調子も悪いことだし明日にしてほしい。
 そう何度も言いそうになりながら、歩いていると気づけば松田といつも会っていた神社に到着した。

「ここが友達といつも会ってた場所だよ」

 神社の周囲に監視カメラがほとんどないことは調べてあったし、松田と今後ここで会うこともないだろうから紹介しても支障はない。

「友達って、例の相談にのってくれたっていう?」
「そう、その友達。あそこの売店の前のベンチに座って喋ってたの」

 バーボンは「ふうん」と安堵の色を浮かべた。密室でもないし、お店には店員のおばちゃんがいつもいるからバーボンが心配するような被害は受けていないと納得してくれたのだろう。
 松田とそうしたように、バーボンともお店でお茶を注文してベンチに座って空を見上げた。そしてバーボンに問われるまま松田の話をする。私と松田はお互い大きな隠しごとがあったから、いつも話していたのは食べ物の話やその日感じたことなどで、だいたいぼんやりとした抽象的なことだ。それでもバーボンは次々と話を求めてきて、まるで無言になるのを恐れているように思えた。
 今日はセンチメンタルな日なのかな、なんて思いながら話し続けているとリュックの中でスマホが短く振動したのを感じた。
 ――松田からのショートメールだ。
 あたかも時間を確認するように「今、何時だろう〜」とスマホを見れば、メールには「杯戸町」「観覧車」「正午」と三つの単語が書かれていた。今の時間は十一時だから残りは一時間。杯戸町まで車で三十分もあれば着くけれど、バーボンをどうするかが問題だ。……いっそ連れていってしまおうか。
 あれこれ考えながら杯戸町にある観覧車を検索する。ヒットしたのはショッピングモールの大観覧車。今度はそのショッピングモールのホームページを調べる。

「ねえバーボン、もうすぐお昼だよ。ここのごはんが美味しいんだって」

 言いながらスマホの画面を見せた。そこにはショッピングモールの和食料理店が表示されている。
 今までの付き合いで、バーボンがなんとなく和食を好んでいるのは気づいていた。案の定、バーボンはお店のホームページを詳しく看ることなく「じゃあ、そこにしようか」と快く頷いてくれた。
 問題は交通手段だ。今日は徒歩で移動していたから車はない。たぶん研究所に停めてあるんだろうけど、戻ってから車で杯戸町に行くと時間がギリギリになりそうだし、電車も乗り換えのことを考えると危なそう。そんなことを瞬時に考え、バーボンに「電車で行くと混む時間になっちゃうから」と言い訳してタクシーをつかまえた。
 バーボンと隣同士で車に乗ることが新鮮で、こんなときだというのに少しわくわくした。遠足に行くような気分でごはんを食べたあとの話をいているうちに、あっという間にショッピングモールに到着した。
 時間は十一時二十分。大丈夫、まだまだ余裕がある。
 さすがに観覧車までバーボンを連れていくわけにはいかないから、ひとまず二人でショッピングモールに入ってから、人混みに近づいたときに幻術で私の気配を消失させ、そのままそっとバーボンから離れた。気づかれていないことを確認してから、踵を返してショッピングモールを飛び出した。
 さあ、観覧車へ向かおうと体を向けた瞬間、ボカンッと小規模な爆発音が轟き、わずかに地面が揺れた。たくさんの悲鳴が四方から聞こえ、中でもまさに観覧車の方から多く聞こえる。
 ――正午じゃないの!?
 まさかスマホの時間が狂っていたのかと背中に嫌な汗が流れた。でも、ショッピングモールに着いたときに見たモールの時計も長針は真下より右にあった。
 心臓がきゅっと苦しくなったけれど、今の爆発に松田が巻き込まれた確信はない。今私にできることは観覧車に向かって状況を把握することだけだ。逸る鼓動を落ち着けるために大きく息を吸い込んで、気合いを入れ直してから今度こそ足を動かした。

ヒトリヨガリ