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 研究所には決まった退勤時間はない。職員は日勤と夜勤がいるので、十九時を過ぎた時間になっても消灯することなく昼間と同じ明るさを保っている。だけど研究所から外へ出ると、夜の世界が広がっている。
 昨夜、珍しく松田から電話があった。内容は今日会いたいというもので、松田の仕事が終わるこの時間に研究所の近くのファストフード店で落ち合うことになった。
 すでに暗いといってもまだ人通りは多い。死んだ表情のサラリーマンたちの横を通り、十分もしないうちにハンバーガーショップに到着した。松田にショートメールで着いたことを報告してから、背の高いカウンターに苦戦しながらもハッピーセットを注文した。その際、おもちゃは遠慮した。
 できあがった商品の乗ったトレーを持って、空いているソファー席に座ってポテトをつまみながらスマホをいじっていると、ふっとテーブルに影が落ちた。顔を上げると、いつもどおり元気そうな松田の顔。だけどスーツは少しくたびれていた。

「こんな時間に悪いな」
「松田は仕事あるんだから仕方がないよ」

 サングラスを外した松田は、わずかにムスッとした表情をさせながら椅子を引き私の前に座った。
 私はオレンジジュースを一口吸い込んでから、ポテトの袋を松田の方に向け勧めると軽くお礼を言ってから一本摘まんだ。だけど表情は変わらない。

「さすがに松田って呼び捨てはやめろよ」「えー、じゃあなんて呼ぼう。……陣平?」
「だから呼び捨てをやめろって言ってるんだよ。前みたいに『陣平お兄ちゃん』とかどうだ?」

 ニヤリと笑う松田に、私の頬が引きつった。

「ちょっとキツい。そういうノリのときじゃないとね……」

 がぶりと薄いハンバーガーにかぶりつきながら言った。ふざけて言う分にはかまわないけれど、普段からお兄ちゃんと呼ぶのは恥ずかしい。
 松田は「キツいってなんだよ」と目を鋭くさせたが知らん顔してハンバーガーを食べ進める。

「陣平くんなんて面白みがないしなあ。……あ、陣くんとかどうだ?」
「ちょっとジンはNGかな。……いいじゃん松田で」

 のんきな会話をしている間にごはんを食べ終わり、ジュースも最後まで飲みきった。
 さて、と松田をまっすぐ見つめる。こんな学生みたいな平凡なやりとりをするために私を呼んだわけではないはずだ。

「それで、どうしたの?」

 ソファーに深く座り直した。
 一応、私たちに弱い「消失」の幻術をかけて周りから認識されづらくする。完全に消すことはできないけれど、これくらいなら労力を使わなくてもできるのだ。松田にも防音の術をかけたことを伝えると、観念したように息を吐いた。

「特にこれといった用はねえが、……近々、友の仇をとりに行くからお前には言っておこうと思ってな。もちろん死にに行く気はねえが」
「友達の仇……」
「四年前に職務中に爆発に巻き込まれて死んだんだ。おそらく十一月七日に犯人が何か仕掛けてくる」
「……殺すの?」
「バカ言え、捕まえるんだよ」

 笑った顔に偽りはなさそうで安心した。松田が犯人を殺したとしても私は責めないけれど、やっぱり太陽が似合う彼に手を汚してほしくなかった。

「何か手伝おうか? 前言ったみたいに幻術っていっても万能じゃないし、今はスパイ中だからボンゴレの力も借りられないけど、それでも役に立つ自信はあるよ」
「いや、前も言ったが小学一年生を頼るような大人にはなりたくねえんでな。それに、お前、今ややこしい立場なんだろう?」
「……かっこつけずに利用できるもの利用しなよ」

 バーボンたちの目を掻い潜って警察を助けられるかはわからないけれど、言い訳なんていくらでもできるし、万が一どうでもならなくて任務を遂行できなかったとしても人を助けようとして失敗したことなら綱吉は責めないだろう。リボーンにはめちゃくちゃ罵られそうだけど。

「死んだ友のためにくらい、かっこつけさせろよ」

 そう言った松田は、腹をくくった男の顔をしていた。これは私では説得できない。

「大事な友達なんだね」
「ああ。警察学校時代同じ班だったし、警察官になってからも所属が同じだったからな」
「じゃあ死ぬ気で頑張らないといけないね」

 そう言いながら、私の目蓋の裏にもかつての友達の姿が浮かぶ。

「私も、ボンゴレに入ったのは友達の仇を打つためだったんだよ」

 ぽつりと呟いた言葉に、松田は目を大きく開いた。

「この前、幻術能力が開花してボンゴレに勧誘されたって言ったけど、私だって最初は拒否したんだよ。……でもまたボンゴレに巻き込まれて未来に行って、そこで私の友達がマフィアの抗争に巻き込まれて死んだのを見たの。こっちに戻ってきてから、すごく力がほしいって思った」

 高校のころに行った十年後の世界では、私はボンゴレに入らず付かず離れずの距離を保っていた。私の友達は間接的にボンゴレと関係ができてしまったのに、私には守る力がない。そのせいで多くの友達が死んでいた。
 そのことに衝撃を受け、私は友達を守るためにボンゴレに入ることを決意したのだ。
 結果、未来は変わり私の友達はまだ生きている。ただ、私が暗い世界に身を落としたために会うことはできないけれど。それでも生きて笑っている姿を遠くから見られるだけで死ぬ気の努力が報われる思いだ。

「そんなわけだから、松田がなんて言おうと危険そうだったら手助けするからね。なんたって松田も私の友達なんだから」
「生意気なこと言ってるんじゃねえよ」
「それで、終わったら松田の戦友の墓参りに行こうよ。友達の友達はわたしにとっても友達よ」

 少し照れくさそうな松田の頭を、まるで犬を撫でるように豪快にかきまぜた。
 私たちは警察とマフィアでお互いの詳しいことは年齢だって知らないけれど、そんなことが些細なことだと思えるくらいには松田のことが好きだ。そう、松田の戦友に胸を張って言いたい。

ヒトリヨガリ