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規則的な小さな揺れを感じて、私の意識は浮上した。暖かい何かに包まれているこの感覚はなんだろうと思いながら、重い瞼を持ち上げた。目の前には、柔らかい布があった。トクントクンと聞こえる鼓動と、嗅ぎなれた甘い香り。
――バーボンだ。
わずかに身じろぎすると、背中を叩いていた手が止まって拘束がゆるんだ。
ぱちりと瞬きをして周りを見れば、いつもと変わらない私の部屋。バーボンは白いソファーに座って、膝の上に私を乗せていたらしい。
なんで抱き締められているんだろう、そもそもいつの間に寝てしまったんだろう。
動かない頭でぼうっと考えていると、私が目を覚ましたことに気づいたバーボンが腰を浮かせて机の上からミネラルウォーターのペットボトルを手にとって、またソファーに沈んだ。そのとき、私が落ちないようにぎゅっと抱き締めると、私の体が悲鳴をあげた。
「い、いたい!」
出たのは、随分とかれた声だった。
「ごめんね」と小さく謝りながらバーボンはペットボトルを差し出した。受け取ろうと伸ばした手には、たくさんのガーゼが貼ってあった。それを目に入れた途端、爆音と震動と私の悲鳴と身体中の痛みと、それから最期の松田の声を思い出した。
――なんですぐに思い出さなかったんだろう。寝ぼけてたから? それとも心が蓋をした? どうせなら全部忘れたままだったらよかったのに。でも松田の覚悟や託された記憶まで忘れるわけにはいかないか。
ぐるぐると頭の中で、あの惨劇と、その少し前に交わした松田との会話と、そして今の私の感情とが錯綜する。
「泣かないで」
重たいバーボンの声に、泣いていたことに気がついた。
「友達がっ……」
しゃくりあげて続きが言えなかった。悲しみで窒息しそうだ。
バーボンはふわりと優しく私を抱き締めて、それから壊れ物に触れるようにそっと私の後頭部を撫でた。松田はもっと乱暴だった。文句を言ってから髪をすくように撫でてくれたっけ。
ぽろぽろと流れる大粒の涙がバーボンの服に吸い込まれていく。水分を含んでべっちょりと熱くなった服に顔を押しつけながら、ショッピングモールでバーボンを置き去りにしたことを思い出した。
「ごめんね、バーボン。ごはん食べられなくて」
「友達を助けに行ったんだろう?」
「うん。でも勝手に行ったから」
「驚いたけど、緊急事態なら仕方がないよ」
ひっく、ひっくと言葉に詰まるたびにバーボンは頭や肩、背中を撫でて宥めてくれた。
「友達だったのに、助けられなかった」
「助けようと思って助けられるのなら、きっとこの世に死者なんていないよ。人を助けるプロの医者だって万能じゃない。人間は神様じゃないんだ」
一言一言、力を込めて言い聞かせるようだった。
神様じゃない。それはそうだ。私の「復元」の幻術能力だって命は復元できない。それは神の領域だから。でも私は助けられるだけの力はあった。松田の覚悟と私の使命を選んでしまっただけ。
抑えきれない感情が溢れないように留めるために、無意識のうちに下唇をきつく噛み締めていた。バーボンはそれを見咎めて、そっと親指の腹で私の唇に触れた。
「あなたの友達が命をかけたおかげで大勢の人の命が助かったんだ。彼の爆弾に表示されたのは、あくまで次の爆破場所のヒント。それを瞬時に解いて、下にいた警官に場所を伝えたから迅速な避難誘導もできた」
「バーボンは、友達を選ばなかった私のことを嫌いにならない?」
「……なるわけないさ。なれるわけない」
沈む太陽が窓から射し、バーボンの顔に影を落とした。
「本来、愛子が苦しむようなことじゃないんだ。助けられなかったのは、警察の、仲間だってそうなんだから。もっと早くに上まで届くハシゴ車を出動させて、水銀レバーが作動する前に爆弾ごと外に出て解除することだってできたはずなんだ」
抑揚のないバーボンの声は、見えない表情と相まってどこに宛てているのかわからなくなる。
「バーボン?」と名前を呼べば、覆い被さるように強く抱き締められ「大丈夫、大丈夫」と耳元で囁かれる。もしかしたら私の声が震えていたから心配したのかもしれない。私の小さな肩口に顔を埋め「始まりがあれば終わりがある。あそこが彼の終息の地だったんだ」と、吐いた息が首筋に当たる。
「彼は胸を張っていただろう?」
「うん」
「じゃあ、大丈夫」
暗い世界に目が慣れて、伏したバーボンの目がはっきりと見えた。長い睫毛が瞬きする度に揺れる。
昔、死は一つの部屋から別の部屋に移るようなものだと言った人がいた。松田もそうなのだろうか。私たちのいるこちら側から飛び出して、あちら側にいったのだろうか。もしそうなら――。
「あっちで萩原さんと会えたらいいな」
「……え?」
「ううん、なんでもない」
吐息のようなひとりごとはバーボンにはよく聞こえなかったらしい。
私は一旦バーボンから離れてから懐に潜り込んだ。どくどくと聴こえる力強い鼓動に安心した。バーボンは、生きている。ここにいて私を抱き締めてくれている。
再びバーボンにぽんぽんと背中を叩かれ、いつの間には穏やかな眠りについていた。