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 お洒落な若者集うストリート街をクレープを片手に歩いていると、あるお店の軒先に出たワゴンが視界に入った。ワゴンには色んな種類の帽子が無造作に積まれていた。
 その一番上には、シンプルな薄手の黒色のニット帽。折り返し部分にはスコープマークのワンポイントがついている。
 ――な、なんておあつらえ向きの帽子なんだ。
 クレープのせいで手には取れないけれど、どう見たってかのスナイパーを連想させる帽子を食い入るように見つめ、ふらふらと近寄った。

「愛子ちゃんなら、こっちの方が似合うんじゃないかしら?」

 明美さんが私の後ろから腕を伸ばして、ワゴンの中からマスタードイエローの丸いフォルムのニット帽を引っ張り出した。その両腕には大小さまざまな紙袋。朝からアパレルショップをはしごして増えていった服やアクセサリーたちだ。
 マスタードイエローのニット帽を私の頭に被せて「ほら可愛い」と笑う彼女に、にやりと笑い返した。

「ふふ、これは明美さんの。今度ライとデートするとき、これかぶっていってよ。絶対に驚くから!」

 可愛い彼女が、自分をイメージしたものを、身にまとっている。これにときめかない男はいないだろう。きっと表情の乏しいライだって胸を押さえて地面に両膝をつくに決まってる。
 見たい。その光景がとても見たい。
 興奮しながら明美さんにおすすめした。予想した彼女の反応は、照れながらも満更ではなさそうな顔。それを冷やかすつもりだった。だけど実際はぼんやりとしながら「そうかなあ」と呟くだけ。
 ニット帽のスコープマークを指でなぞり、一度はそれを持ち上げたけれど結局「でもやめとくわ」とワゴンに戻した。
 私も試着していたマスタードイエローのニット帽を外して店から離れた。

「明美さん、なんだか元気ないね」
「わかっちゃった?」

 苦笑いを浮かべて息を吐いた。心なしか、さっきより歩く速度が下がっている。

「本当は愛子ちゃんを元気づける予定だったのになあ」
「私を?」
「何かあったんでしょう? 電話したときすぐにわかったわ。やけに明るい声出すんだもの」

 数日前、明美さんから電話がきてショッピングに誘われたときのことを思い起こす。たしかに、明美さんに気を使わせたくないという気持ちがあったかもしれないけれど、でも短いやり取りの中で気づくほどの変化はなかったはず。
 そんなにわかりやすかったかなあ、スパイの自覚が薄れているかなあ。と悩んでいると、優しく笑った明美さんが「私、これでもお姉ちゃんだから」と遠くを見つめた。誰かに向けた優しい姉の目だった。
 私たちの横を、二人の女子中学生が通りすぎていった。活発なボブの子が大袈裟な身振り手振りで話しかけて、大人しそうなロングヘアの子が呆れたような顔をしつつも楽しそうに笑っていた。

「友達が死んだの」

 ベリベリと包み紙を破って、クレープにかぶりつく。

「……警察官だった。爆発事件に巻き込まれたの」
「そっか、悲しいね」
「悲しいのかな。死んだときはたしかにショックだったけど、でもあの人が警察だって知ってたんだよ。いつか死ぬかもしれないことくらいわかってたのに」

 ロッシとして死んだのなら、私はあの時もっと泣き叫んでいただろう。だけど、死んだのは松田陣平だ。悪と敵対する警察官。その任務の間に命を落とす可能性だってわかっていた。

「死者に正義も不義もあるのか?」

 突然後ろから投げかけられた言葉に振り返ると、煙草を咥えたライが立っていた。そして「時間だから迎えにきた」とぶっきらぼうに言い、明美さんの腕から大きな紙袋を抜き取った。
 そのまま松田の話は終わるかと思いきや、歩きだしたライに駆け寄る私を一瞥して「お前の友人は正義のために死んだのだろうが、死んだあとはもう警察ではない」と表情を変えずに言ってきた。

「そうだけど……」

 歯切れの悪い返事をしながら車に乗り込んだ。明美さんは助手席、私は後部座席だ。
 シートに体を預けて、うーんと唸る。
 エンジンをかけたライが、ミラー越しに不思議そうな顔で私を見た。

「お前は、スコッチが死んだときはそんなに悲しまなかっただろう?」
「それは――」

 スコッチは、捜査のためとはいえ裏の世界に足を踏み込んでしまったから。
 そう言おうとして口をつぐみ、代わりに「だってスコッチは裏切り者だったんでしょ」と毅然とした態度で言いきった。

「お前は、悪人は死んで当然だと思っていそうだな。その考え方はイタリアで身についたのか?」

 鼻で笑うような、嫌味っぽい言い方にカチンときた。
 ボンゴレと関わってきて、同じ人間とは思えない惨たらしいことをする奴らを見てきた。そういう人間が愛する家族に看取られて、何の落ち度もない被害者が虚しく死んでいく。よくあることだ、ありふれている。だからこそボンゴレの人間として守りたい。
 死んで当然というのはあまりにも乱暴だけど、裏の世界が常に死と隣り合わせなのはわかりきったこと。スコッチは足を踏み込んだ、松田は警察という職業柄近いところにいた。
 二人とも、しかたがなかったんだ。
 ぐるぐると頭の中が掻き回される。何か言いたいのに言葉にならない。まとまらない。
 ずっと黙っていた明美さんが、「もう」と咎めるような声を出した。

「大君ってば、そんな言い方しちゃ駄目よ。……愛子ちゃん、大君はただ警察としてじゃなくて友達として悲しんで弔えばいいって言いたいだけなのよ」

 しんとした車内に、明美さんの優しい声だけが響く。

「悲しいときに悲しめないと、ずっとわだかまりが残りつづけるわ」

 そうだね、と返事をした声が他人事のように思えた。

ヒトリヨガリ