01

 曇り空の下、一人の少女が両親と共に歩いていた。寂れた街に彼女たちの立派な洋服は目立っていて路地裏にいる怪しい老人は舐めるように少女を見ている。隙でもあろうものならさらってしまおうと狙っているのだ。しかしそういった輩が多いことを知っている少女の両親は、少女の両隣りにぴたりと立って、一瞬でもはぐれないように気を付けている。老人はいつしか少女を追うのを諦めて路地裏に帰っていた。
 少し歩くと大きな建物があり、門の近くで掃除していた女性が少女らに気付き慌てたように駆けてきた。

「あらあらアシュレイ様、ごきげんよう。どうぞ中に入ってください」
「ごきげんようシスター。こんなに寒い中精が出ますね」
「ええ、仕事ですからね」

 媚びるようににこりと笑ったシスターは、錆びれた鉄格子の門を開き一家を中に招き入れた。
 中に入ると今まで聞こえなかった子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。少女が物珍しそうに視線をさ迷わせるのを見て母親が今まで繋いでいた手を離した。

「ベガ、遊んできていいわよ。どうせ今から楽しくない話しかしないんだから。つまらないでしょ?」
「ママ、いいの?」
「ええ。お友達作ってきなさい」

 ベガの頭を撫でると母親は小さく手を振って先に屋敷に入っていってしまった。ぽつんと石畳の上に立ち、後ろを振り返るとさっきのシスターが門の外でニコニコ笑ってベガを見ていた。初めて来た場所でどこへ行けばよいのかもわからないベガは声の聞こえる方へ向かって歩くことにした。
 汚い屋敷の玄関に入り古びた廊下を歩いていると、声はどんどん大きくなりそれは怒鳴り声であることがわかった。身を隠しながら声のする部屋を覗くとベガと歳が近そうな少年がたくさんいた。

「おい、本当のことを言え」
「本当のことを言わないとシスターに言い付けるぞ!」
「だから何度もいってるじゃないか、僕は何も知らない」
「メアリーはお前がやったと言っているんだぞ」
「証拠がない」
「お前のへんな力でやったんだろ!」
「言いがかりはやめてくれないか」

 一人の少年をそれよりも体格のよい少年たちが囲い、なにやら言い争っているようだ。普段聞くことのない怒声に僅かに恐怖を抱きながらも、テレビの中でしか見たことがない男同士の喧嘩に好奇心が膨らみ、いったい何を言い合っているのかと壁に耳を当てた。はっきりと声は聞こえるけれど彼らは核心の部分を話さない。じっと少年たちの話を盗み聞きしていると、声を荒げていた少年たちが部屋から出ていこうとするのでベガは慌てて隣の部屋へ潜り込んだ。
 廊下に少年たちがいなくなったのを確認すると先程まで言い争いをしていた部屋を覗きこんだ。するとさっきまで囲まれていた男の子とばっちり目が合った。あ、とベガが隠れようとしたが、それより先に男の子が口を開く。

「誰」
「あ、えっと……ベガ・アシュレイ」
「……誰」
「だ、だからベガ」
「名前はわかったよ。それで君をここで見たことはないけど、新しく入ってきた子なの?」
「違うよ。お父さんとお母さんが院長に用事があるから着いてきたの」

 少年はベガを頭から足まで観察するように見つめた。

「そうか、僕はトム・リドルだよ」

 さっきまでの不躾な態度を一転させて、リドルは人好きのする笑顔を浮かべて名乗ってからベガに握手をした。貼り付けたようなその笑みを気にせずベガは部屋を見渡した。

「ここはトムの部屋なの?」
「僕だけの部屋ではないけど、この部屋で生活していることに間違いはないよ」
「何人かで一緒に暮らしてるんだ! 大変じゃない?」
「たしかに大変なときも多いけど、しかたがないからね。そこまでわがままは言えないよ」

 肩をすくめてみせるリドルを見ながらベガは何かを考えている様子だった。何を考えているのかとリドルは気になったが、それよりもベガが自分にとって利益になる得る存在かを判断する方が優先的だった。身なりのいい、院長に用事のある家の子どもだ。仲良くすればシスターたちからの扱いが少しだけよくなるかもしれない。そんなことを考えながらリドルはベガの行動を注視する。
 考え事を終えたベガがぱっと表情を明るくしたのに合わせて、リドルもまた表情に笑顔を張り付ける。

「ねえトム、時間ある? パパとママの話が終わるまで暇だからお喋りしようよ」
「いいよ、椅子に座りなよ。立ってたら疲れるだろう?」
「ありがとう、トムは優しいね」

 へらりと笑うベガにリドルは「そんなことないよ」と、これまた作った笑みを浮かべた。表情とは裏腹に、内心では「こんなに簡単に騙されてバカな子だ」と見下していたが、そんなことを考えているなんてこれっぽっちも表に出さずに、楽しげに話すベガに笑顔で相槌を打った。

ヒトリヨガリ