02

 ベガは一日でリドルを気に入った。今まで知らなかった孤児院での話はとても新鮮で刺激的だった。二人の話は世間話が主だったが、特にベガはリドルの生活にとても興味を持ち深く掘り下げて訊ねた。リドルにとっては当たり前すぎて何が面白いのかさっぱりわからなかったが、ベガの言動から彼女が上級階級の家の子であることはなんとなく理解したので、嫌がることなく彼女の世間知らずな言葉に笑顔で対応することができた。
 ベガがリドルと仲良く話しているところを見た両親はベガを月に数度、孤児院に連れていくようになった。その度にベガはリドルのそばに行き、飽きることなく孤児院での生活を聞き続けた。時には飢えたときのことや、いじめられたときのことなども話したがベガは痛ましそうに顔をしかめても、リドルの言葉を止めることはしない。
 そしてそのうちリドルの生活が少しずつ変わっていった。一番大きな違いは、リドル自身が期待していたシスターの変化だ。ベガが来る度にシスターがリドルに優しくなっていた。そのことについてリドルは、ベガの両親が孤児院にしていた寄付の額が増えたからだとか、ベガに危険がないように孤児院に改装費を渡しているからだろうと考えた。憶測だがリドルには当たっている自信があった。もう一つの変化は孤児院の子どもたちがリドルに寄ってたかって文句を言うことが少なくなった。リドルが何かしたときは責められるが、「生意気だから」とか「変な力を使うから」といった曖昧な理由で暴行を受けることはない。これはベガが何度も孤児院に行く内に、リドル以外の知り合いの子もできるようになったからだ。普段接することのない身分の高いベガをみんなが崇拝しており、そのベガが好意を向けているリドルをいじめることなんてできないのだ。何にしてもリドルが孤児院で住みやすくなったのには変わりはない。リドルは喜んで笑顔を作り続けた。
 何度も会って親しくなっていくうちにリドルはベガから自宅に招待されるようになった。しかしリドルにとってベガの家は恐怖の対象で快諾することはできない。孤児院で暮らすリドルにマナーの教養はない。万が一、ベガの家で粗相を起こしてはと思うと、とても乗り気にはなれない。だが、ベガの家に招待されていることがシスターの耳に入ると、シスターによってあれよあれよという間にベガの家に行くことが決まってしまった。
 約束の日の朝、シスターに今まで着たことがないような上等な服を着せられ、朝食を食べるとすぐに外へ連れていかれた。門を出ると既に自動車が停まっていた。リドルは普段の聡明な表情を崩して、目の前の自動車を食い入るように見つめた。

「トム、おはよう。いいお天気ね」

 自動車から跳ねるように降りてきたベガに挨拶を返して、まだ車に乗っているベガの両親にも丁寧に挨拶をした。自動車というステイタス・シンボルを見せられ、身分の違いをまざまざと思い知らされたので挨拶する声は少し震えた。緊張するリドルなどお構いなしにベガは彼の腕を引いて車に乗り入れた。シートに座るとすぐに車は走り出した。しかし、数分もしない内に車は止まり、当たり前のようにベガの両親が車から降りた。

「着いたわ」

 訝しそうなリドルの目を気にせず、ベガは乗ったときと同じようにリドルの手を取り車から降りた。

「な……」

 まだ孤児院から少ししか離れておらずそこは見知った場所であるはずなのに、リドルの目の前には立派な屋敷が一軒そびえ立っていた。ゆっくりと周りを見回しても見知った場所ではない。孤児院の近くにこんな場所はないはずだとベガを見るが悪戯気に笑うだけで何も言わない。その笑みがリドルにはバカにされたように感じられた。
 繋がったままの手を引っ張られ、孤児院の朽ちかけた鉄格子の門とは比べ物にならない程立派な、リドルの背の何倍の高さもある門をくぐると、そこは今まで見たことのないようなものが溢れ返っていた。

「なに、これ」
「この子たちはピクシーよ。可愛いでしょ」

 門をくぐるまで見えなかった謎の生き物にリドルは言葉を失った。芝生の上を走り回る小さな生き物や、花壇の中で遊ぶ生き物など、その種類は多種多様。いろんなピクシーが思い思いに遊んでいた。

「やっぱりトムは魔法使いだったのね」
「魔法、使い?」
「初めて会ったときに扉の外で聴いていたの。トムが『へんな力でやったんだろ』って言われているのを。あの孤児院はマグルのものだから大変だったでしょ?」
「マグル?」
「魔法使いじゃない人のことよ。私、トムが魔法使いに違いないって思ってたから今日家に招待したの。実はこの敷地には魔法が掛けてあってね、魔法使いじゃなかったらピクシーたちは見えないのよ」

 得意気に話すベガにリドルはただただ呆然とその言葉を頭の中で反芻することしかできなかった。しかし、魔法使いと聴いて今まで抱えてきた胸の奥のつかえがなくなる感覚がした。そして魔法使いと非魔法使いという区別がすとんとリドルの中に収まった。

「さ、中に入りましょ。いろんな魔法をトムに見せてあげたいの。って言っても私はまだ魔法使えないんだけどね」
「それでどうやって魔法を見るの?」
「パパとママが掛けてあるのがあるからね。それを使うことはできるの」
「へえ、そういうのもあるんだ」
「魔法っておもしろいのよ!」

 花が咲いたように満面の笑みを浮かべるベガに、リドルも控え目にだが笑みを返した。ベガと出会って初めての作り笑顔ではない、自然な笑みだった。ようやくベガとリドルは友達という関係に一歩踏み出すことができた。

ヒトリヨガリ