長いトンネルを抜け、ぱっと視界が広がる。目の前には高層ビルの、白、赤、青が煌めく。真夜中だというのに街は燦然と輝き、空を明るく照らしている。そうかと思えば高速道路の高い塀がすべてを遮断したり、ホテルや広告看板が立ち並んでいたりする。そんな、どんどん表情を変える街並みから運転手に視線を移す。彼は両手でハンドルを握り、真っ直ぐ前だけを見つめている。相変わらずの羨ましくなるくらい細くて長い睫毛が、頬に影を落としている。
 バックミラーを見たとき、髪がさらりと揺れた。最後に会ったときより少しだけ髪の毛が長い気がした。



 一時間前、音信不通だった降谷から連絡があった。
 降谷とは大学を卒業したあとから連絡がつかなくなっていた。何か粗相を働いたかとか、嫌われるようなことをしたかとか、たくさん悩んだけれどまったく心当たりはなかった。最初は携帯が壊れたのかと思ったけれど、メールがエラーで返ってくることはなかった。それに壊れたのだとしても他の連絡手段で連絡できたはず。降谷自身の意志で連絡を絶ったんだと薄々感づいていたけれど、それでも誕生日と正月にメールは送り続けた。数ヶ月前に送った三回目の誕生日のメールにも、やっぱり返事はなくて、ようやく降谷に対する気持ちに見切りをつけたそんな矢先の連絡だった。
 普段使うことの少なくなったショートメールで「今からいつもの場所に来られるか」という一文だけが送られてきた。三年ぶりの連絡とは思えない無愛想な内容。いくら文字数に制限があるといっても、「連絡返せなくてごめん」の挨拶くらいあってもいいはずだ。それに、こんな時間に――とベッドサイドの時計を見る。もう日付が変わる。突然人を誘う時間ではない。けれど、だからこそ胸騒ぎがした。昔の紳士的な降谷からは考えられないことの連続だったから。
 しかたがない。立ち上がって部屋の隅に立てかけてある姿見に自分の姿を映す。部屋着だけれど、ギリギリ外に出ていけるかな。外は肌寒いだろうから上にカーディガンでも羽織れば部屋着だってわからないだろう。髪の毛はさっきお風呂に入ったから、ちゃんとまとまっている。問題は顔。一歩、鏡に近づく。――さすがにそのまま降谷には会えないか。降谷とは付き合いが長くて、化粧した顔よりすっぴんで会っていた期間の方が長い。とはいっても、少し年齢を感じる顔をあのイケメンには見せたくない。私は化粧ポーチからフィニッシュパウダーを取りだし、パステルカラーのそれを柔らかいブラシで取り肌にさっと乗せた。少しだけ明るくなる顔色。そのあと眉毛だけ描いて部屋を出た。
 降谷の指定した「いつもの場所」というのは、私の家から徒歩十分弱の距離にある公園だ。昔は、帰りにここまで送ってくれていた。別れを惜しんで街灯の下で話を長引かせようとしたこともあった。降谷との思い出を懐かしく思いながら急いで向かうと、公園の前には一台の車がエンジンをかけたまま停車していた。近寄ると窓が開いた。
 三年ぶりの降谷はあまり変わっていなかった。けれど雰囲気は少しだけ大人っぽくなっていた。降谷に言われるままに車に乗ると、挨拶もろくにしないうちに車は動き出した。



 そうして一時間。首都高を走るこの車がどこへ向かっているのかわからない。降谷は何も答えてくれない。最初は頑張って話しかけていたけれど、曖昧な返事を軽くするだけで要領を得ない。今では諦めて外の景色を楽しんでいる。相手が降谷じゃなければ、どこに連れて行かれるかもわからなくて恐怖を感じていた。降谷だから安心して外を見ていられる。三年ぶりだというのに、安心感は健在。
 高速道路のジョイントの上を通るたび、ゴツンゴツンと車が揺れる。その適度な振動が眠気を誘う。もうゼロ時を過ぎているのだ。いくら夜景が綺麗でも単調だと睡魔が襲って。眠気を払うために窓を開いた。途端に冷たい風が車内に入ってくる。私の髪が舞い上がった。夜中だから排気ガスの臭いはあまりしない。
 遠く前方に赤と青でライトアップされた建物が現れた。

「降谷、――」覚えている? と続くはずだった言葉は降谷の言葉でかき消された。
「シシー、昔みたいに呼んでほしい」

 なんで、そんなに意地悪なこと言うのかな。
 久しぶりに呼ばれた名前に胸が締めつけられた。鍵をかけて過去に置いてきたはずの感情が蘇る。



ヒトリヨガリ