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「前から好きだったんだ」

 周囲の酔っぱらいたちの話し声をものともせず、降谷くんの真っ直ぐで柔らかい声が私の耳に届いた。
 思わず持っていた箸がぽろりと落ちて、醤油皿にカチャンとぶつかり黒い水滴が跳ねた。慌てておしぼりでテーブルを拭いていると、降谷くんは冷静に「服にはついてないか?」と聞いてくる。服なんて、仕事用のくたびれたものだからどうってことない。降谷くんみたいに居酒屋にいるのが変に思えるほど爽やかでお洒落な服じゃないんだから。
 テーブルは席についたときよりも綺麗になった。それでも私は茶黒く染まったおしぼりから手を離すことができず、ずっと下を向いていた。
 さっきの降谷くんの言葉が頭の中でこだまする。
 「酔ってるの?」「もう、降谷くんがそんなこと言ったら勘違いされるよ」。そういう当たり障りのない言葉を返そうと、意を決して顔を上げた。
 冬の早朝のような青い瞳が私を貫いていた。
 真剣な表情は冗談を言っているわけではないことを証明している。もとより、彼はそんな悪質な嘘をつくような人ではないんだ。知っていたけど、どうしても言葉のまま受け止めることができなかった。
 歓喜、幸福、安寧。様々な感情が激流になって私に押し寄せる。
――私も。
 返事をしようと開いた口を一度閉じた。
 夢のようだと思った。だから、夢で終わらさないといけない。

「……ごめん」

 たくさんの言葉を飲み込んで、かわりに吐いたのは薄っぺらい言葉だった。
 降谷くんは大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐いた。

「そっか。僕の方こそ急にごめん」
「ううん、安室くんは全然悪くないよ。……嬉しかったくらいだし」
「嬉しかった?」
「そりゃあね。安室くんは自分が思っている以上にかっこよくて素敵なんだから。好きって言われていて嫌な気持ちになる人なんていないよ」
「まるで僕のこと振った人の言葉じゃないなあ」
「……私は、安室くんと友達でいたいから」

 ふうんと、あんまり納得していないような相槌を打って、降谷くんは箸を手にとって唐揚げを食べた。

「まあ、一花が友達のままでいたいならそれでいいよ」
「その言い方はちょっと引っ掛かるけど……、ありがとう」
「どういたしまして」

 にっこりと笑って、降谷くんはビールを流しこんだ。

ヒトリヨガリ