2

 私と降谷くんの関係は、大学で知り合ったときからずっと友達だ。
 降谷くんは私にとって雲の上の存在で、今でも縁ができたのが不思議で仕方がない。遠くから見ていた第一印象は高嶺の花。それが変わったのが必修の科目で、隣の席に座ったとき。緊張しすぎて何を話したかなんて覚えていないし、そもそもどうして話すことになったのかも今となってはあやふやだ。グループワークをさせられたのか、意見交換をさせられたのか、はたまた雑談を持ちかけられたのか。なんにしても話してみると案外とっつきやすくて話が盛り上がったのだ。それからというもの、好奇心旺盛な降谷くんはいつも私の趣味の話に付き合ってくれていた。
 空きコマが重なっていたら一緒に過ごしたこともあるし、授業終わりにファストフード店で一緒に課題をしたこともある。それに長期休暇の折には遠出をしたことだって一度や二度ではない。そうして私たちは友達になっていったのだ。
 大学を卒業したあともその関係は続き、降谷くんの隣に諸伏くん以外の顔が並ぶようになっても私の居場所は変わらず同じ場所にあった。



「次、何を飲む?」
「さっき甘いやつ飲んだからなあ」
「じゃあ苦いビールとか?」
「私がビール苦手って知ってるくせに……」
「ここのビールは飲みやすいから一花でも飲めるかもしれないよ」

 降谷くんは、飲みかけのグラスを笑顔で差し出してきた。
 綺麗な顔は、有無を言わせぬ圧がある。降谷くんにそんな気がなくてもそう感じてしまうのだ。私はその笑顔に押し切られて渋々半分ほどなくなったビールを受け取った。
 少し汗をかいたグラスが指先を冷やしていく。
 勢いをつけてビールを口に含むと、舌の奥の方でホップ独特の苦味を感じた。口の中で温かくなっていく液体を無理やりごくりと飲み込む。

「うえ、全然飲みやすくないんだけど!」

 顔をくしゃくしゃに歪めて降谷くんに抗議したら、降谷くんは噴き出して「ビールをそんな風に飲むやつ初めて見た」とおかしそうに笑った。

「そんな風ってなに。じゃあ普通はどうやって飲むの!」
「ビールは喉ごしって言うだろ。喉で飲むんだよ」
「意味わからない……」
「ほら、さっき一花が頼んでいた大学芋で口直ししなよ」

 降谷くんは私に箸を渡し、小鉢を私の方に寄せた。

「苦味と甘味は相性がいいんだ。ピーマンと味噌とか美味しいだろ? ……苦味が消えるわけじゃないけど」

 じゃあ意味ないじゃない、と思いながらも食べてみれば甘い蜜のおかげで気が紛れた。でもビールを飲んでいなかったら、もっと純粋に大学芋を楽しめたのに。
 やけくそのように降谷くんが注文したシェア用の餃子を一つ多く奪ってやった。絶対にダメージなんてないだろうけど。

「これはドイツビールで、日本のものとは原料が違うから苦味が少ないんだけどな」
「……まあ、前に松田くんに飲まされたやつよりは飲みやすいかもしれないけど……」
「ああ、あのホップとモルトが二倍のやつ」
「そう。泣きながら飲んだら、松田くんと安室くんが爆笑したやつ」

 意地悪な笑みを浮かべてビールを渡してきた松田くんも、笑いながら行く末を見ていた萩原くんや、心配そうにしていた諸伏くん、呆れ顔の伊達くんの表情だって目蓋の裏に焼きついて離れない。
 ついこの間のできごとのようなのに、あれからもう五年以上も経っている。
 その年月が長いのか短いのか私はわからない。こうやって懐古すると長いように感じるし、たったその数年で降谷くんは彼らを喪ったと思えば短すぎるように感じる。



 私は、偶然にも一度は連絡を断った降谷くんと再会した。
 また偶然が重なり降谷くんの身に振りかかった悲しいできごとの数々も知っている。
 立春を過ぎたころの、寒い夜だった。降谷くんは私のもとを訪れた。そして、「誰もいなくなったんだ」と、今にも泣き出しそうな表情で言ったときの軋むような胸の痛みを今でも鮮明に覚えている。
 今、私の目の前にいる降谷くんは、あの夜のことなんてなかったかのような穏やかな表情で煮付けの骨を器用に外している。

「ん? どうかした?」
「なんでもない。相変わらずかっこいい顔だなーって思っただけ」
「惚れた?」
「バカじゃないの」

 ははは、と笑う降谷くんは十数分前にフラれたとは思えないほど明るい。
 断るとき、私は少しだけ降谷くんと関係が変わってしまうことを恐れたけど、そんな心配は杞憂だった。どっしりと精神的に安定感のある降谷くんは、私にフラれた程度では揺らがないのだ。

ヒトリヨガリ