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答えがわからないまま暦の上では夏は終わり、やっと準備を終えたベルモットが新出先生に成り代わった。
それを知ったのはベルモットから呼び出されたからだ。もちろん、ただの経過報告なんかじゃない。その報告とともに、ベルモットは気になることがあるから警視庁から捜査資料を盗むつもりだと私に言った。
忍び込むのは白昼堂々、警察の意表を突く形で行う。ベルモットは警視庁で働く警官に変装するので、私に「誰かよさそうな人物を見繕って」と頼んできた。私が最近警察と会っているのは筒抜けらしい。
スマートフォンには何度も顔を合わせるうちに交換した警官たちのアドレスが入っている。その誰かの名前を言おうとした。だけど佐藤さんを中心に知り合った捜査一課人たちは、警視庁の中でもわりと目立つ存在らしい。佐藤さんはマドンナと呼ばれているようだし、それに付随してその周りも人目につく。特に佐藤さんの後輩である高木刑事や、若くして警部まで上り詰めた白鳥警部が、佐藤さんを巡って火花を散らしているのは周知の事実で関係者の余興になっている。そのためリスクを考えて、コナンくんの家の下の喫茶店で目にする適当なおじさんの名前を教えた。よく外回りに出ている彼なら変装もしやすいだろうから。
最後にベルモットは、私にその刑事の見張りを頼んできた。万が一でも警視庁内でバッティングしないために。
私は、その一見面倒な仕事を二つ返事で承諾した。
――無機質な寒々しい灰色の空間に、重い足音が響く。
――その男は堂々と廊下を突き進み、途中挨拶をされれば愛想よく手を振り返しながら、ある一室に身を滑り込ませた。その男、ベルモットは捜査資料管理室を一度見回すと、一切ためらうことなく貸出表に被っている顔の名前を記入し、狭いスチールラックの間を歩いて資料を探していく。
――昼間だというのに部屋のブラインドがすべて下ろされ陰鬱とした室内には、かわりに蛍光灯が煌々と灯され、部屋に並べられた背の高いスチールラックや、棚に積まれた白く小さな段ボールやビニールテープで縛られた書類の束を照らしている。
一連の行動を、私は喫茶店から見ていた。私のすぐそばには、ベルモットが今まさに顔を使っている刑事がいる。
へらへら笑いながら店員の女性に話しかけている間、自分の顔の皮を被った反社会的組織の人間が捜査資料を物色していると知ったら、一体どんな反応をするのだろうか。
そして、今現在資料を盗み見ている反社会的組織の人間はベルモットだけではない。
捜査資料管理室にいる分身はベルモットの動向を探るものではなく、私もまた盗み見るために飛ばしたものだ。
――壁際に設置されたデスクトップパソコンの前に立ち、マウスを動かせば黒かった画面がパッと明るくなった。表示されているのは管理室内にある資料検索プログラムだ。
――私はその検索バーに「十一月七日」と「爆弾」というキーワードを入力した。出てきた資料番号を覚え、ベルモットにばれないように管理室内を移動する。
――私が見たかったのは七年前の件だ。分厚い資料を手繰り、素早く資料に目を通していく。
犯人は二人組でお金を要求するために爆弾を二箇所に仕掛け、その解除に当たっていたのが松田と萩原さんだった。警察は要求に応じたけど、犯人の片割れが警察の追っ手から逃れるために道路に飛び出し事故死したことにより、残った犯人が爆弾を起動させ、萩原さんが死んだ。
その資料に載っている写真で初めて萩原さんの顔を見た。
聞いていた話より、松田と性格の系統の違いそうな顔つきだった。だからこそ気が合ったのかもしれない。なんとなくだけど、松田は同じ考え方をする人より自分にはない考えを持つ人を、そして自分の行動に同調する人よりぶつかってくる人を好みそうだったから。
この萩原さんとはどんなコンビだったのだろう。松田が心を燃やしてまで仇を取ろうとしたこの人は、松田とどんなところへ行って、どんなことを語らったのだろう。
過去の二人に想いを馳せていたとき、昼ごはんを食べ終えた刑事が動いた。レジで和やかに会計をして喫茶店から出て行くのを横目に見ながら、私はベルモットに連絡を入れる。
「喫茶店を出たよ」
それだけ打ってスマートフォンは片付けた。
――ベルモットはその連絡を見たあと、いくつかの捜査資料を懐に隠して何食わぬ顔で部屋を出て行った。
そのあとで私は監視カメラに幻術をかけて私とベルモットの痕跡を消した。ベルモットに証拠隠滅を頼まれたわけじゃないけど、もし万が一、ベルモットの動きが警察にばれてしまうと一緒に私が触った七年前の捜査資料のことまで明るみに出てしまうかもしれないから、念には念を入れておいた。
何度も確認をし終えると分身を消し、場違いなサングラスを外してソファーに深く腰掛けなおした。ふっと肩の力を抜ける。
昼休みの時間を過ぎた喫茶店には、常連らしき年配の人たちだけになった。少し前までキッチンで慌ただしく動き回っていた店員さんも今はカウンターに座っているおばあちゃんとゆったり喋っている。
氷がとけて薄くなってしまったリンゴジュースを飲みながらどうしたものかと目を閉じて、さっき読んだ内容を頭に呼び起こす。
たしかに犯人の警察に対する恨みは相当強そうだ。一度目の事件のあと、カウントダウンまで始めて松田の事件が起こしたのも復讐としか考えられない。あんなに性格の悪い犯行を思いついて大量の爆弾まで準備する犯人が、松田を殺しただけで気が済むのだろうか。仲間が事故死したことに対する復讐なら、萩原さんが死んだことでイーブンになっている。その上で警察側をもう一人殺しているのだ。私が今まで見てきた、醜い復讐心に駆られた人間ならここで止まらない。殺せるだけ殺そうと考えても不思議じゃない。
だけど警察はもう終わった事件だと見ている。捜査資料には最近の日付が書かれたものはなかった。松田のとき以降カウントダウンが止まったからそれも仕方がないだろう。
次の犯行を仄めかすような証拠は何もない。ただ私の直感だけは犯人の殺意は収まっていないと次の予感を訴えている。でも、そんなの誰かに言ったって一笑されて終わってしまう。
リンゴジュースのストローをぐるぐる回し、最終的にとてもシンプルな答えに行き着いた。
テーブルに置いたサングラスを見つめ、私は深く息を吸った。
私が犯人を捕まえる。
松田の恨みを晴らすと言ったら言いすぎだけど、松田が友人である萩原さんの仇を打ちたかったように、私も私の友達である松田のために何かをしないと。そんな使命感が私の中で沸き上がった。