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一刻も早く行動に移そうと、探偵事務所の前から去った私は足早に帰宅した。
玄関で靴を適当に脱ぎ捨て、バタバタと足音を立てながらリビングに入るとキッチンで夜ごはんを作っていた透くんが菜箸を持ったまま「おかえりなさい」と顔を覗かせた。
「ただいま!」
「また病院に行っていたんですか?」
「まあね」
菜箸を置いて、透くんは棚からブルーのラインの入ったマグカップを取り出し、そこに麦茶を注いで私に差し出した。
喉がからからだったのでありがたく受け取って、よく冷えた香ばしい麦茶で口を潤す。
「用事もないのに、わざわざ米花市まで?」
透くんは、またコンロに向かいながら聞いてきた。
病院に行っていることとそれが米花市にあることは前から伝えているけど、それがベルモットからの頼みだとか詳しいことは何も言っていない。だから透くんが不思議に思うのも当然だ。
「病院の用事はないけど、先生に用事があるの」
その用事も、もう消えるかもしれないけど。
「……その先生って男の人ですか?」
「そうだけど?」
透くんは「へえ」と薄い反応をしながら鍋の中で豚肉を茹でているけど、その口元は笑っている。
シンクには薄切りの玉ねぎが水にさらされていて、お皿の上にはレタスが敷かれている。今日の夜ごはんは冷しゃぶかと見当をつけながら私は空になったマグカップを机の上に置いた。
「くれぐれも、会いに行く理由を作るためにわざと怪我をしたりしないでくださいね」
「しないよ?」
私は透くんのわけのわからない質問に答えながらも意識はリュックの中にあるスマートフォンに移っていた。もう行ってもいいかな? と部屋に向かおうとすれば、透くんがこっちを見て目を細めて笑った。
「初恋はお父さんって言われるのを期待してたんですけどね」
「何の話をしてるの!? もう、ベルモットに用事があるから電話してくるね!」
どうして病院に通っているだけで初恋の話になるの!
びっくりして大きな声を出すと、透くんはいたずらが成功した子供のように楽しそうに笑った。まんまと透くんの思いどおりに動揺してしまったのが癪で扉を力いっぱい閉めると、それすら笑いを誘ったらしくキッチンから笑い声が漏れ聞こえた。
釈然としないまま、さっき知った事実をベルモットに伝えるために電話をかけた。
一般人の彼女たちの名前を出すのは憚られたので、簡潔に「知り合いが帝丹高校生に通っていて、そこの校医の新出先生と私が近づくのは危ない」というようなことを説明すると、ベルモットは訝しげに「帝丹高校に知り合いがいるのなら、ちょうどいいんじゃないの?」と聞き返してきた。
「まあ、信用させたりベルモットの変装を誤魔化すのにはちょうどいいんだけど、ちょっと怖いのが、その女の子と一緒に住んでる男の子がやたらと洞察力があって、念には念を入れておきたいの」
「男の子?」
「うん。少年探偵団って名乗っているんだけど」
どれほど危ないかの説明をしようとすれば、それを遮るように「その子と仲がいいのかしら?」とやけに冷ややかな声音で聞いてきた。
「え? うーん……」
長考を始めると、部屋はエアコンが冷気を吹きかける音に支配された。
何回も会っているけど友達と言えるほど仲がいい気はしない。透くんには友達と言った
けど、そもそもコナンくんとは年齢が違いすぎるし。それは蘭さんたちも同じだ。あくまでも顔見知り程度だと思っている。
私の年齢なら友達と答えるべきかもしれない。でも、ベルモットに友達という存在を仄めかすのも危険そうだしなあ。
私は手元にあるクオレのスカーフを弄りながら逡巡し、結局イエスともノーともつかない曖昧な返事をした。
「悪くはないけど、いいってほどでもないかな?」
「……そう。まあ新出医院にはもう行かなくていいわ」
「うん、ありがとう。……あ、ところでベルモットが新出先生になるのって菅井コウキが関係しているの?」
電話を切られる前に答え合わせをしようとすれば、ベルモットは「はあ?」とどうでもよさそうな声を出した。
「誰よ、それ」
「泥参会っていうヤクザの若頭なんだけど……」
「知らないわ」
心の底から興味ないと言わんばかりの声。そのまま電話を切られて肩透かしをくらった。わりと自信があったのに。たしかにあれから病院でコウキを見ていないけど、他にベルモットが新出先生に目をつけるようなところは思いつかなかった。